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"先に自分で帰っていろ"と連絡を受けた私は、素直にそのまま電車で帰宅した

玄関を開けると暗闇の中でいつもと同じようにダイムが迎えてくれ、電気をつけてからその頭を撫でる


「お腹空いた?」


そう聞くと手首を優しく舐められた
もうかなり歳なはずなのに、全くそれを感じさせない
その上言う事はよく聞くし、家を散らかしたりも一切しない
"犬は飼い主に似る"と言うけど、どっちに似たのかな


「先お風呂入って来るね、そしたら一緒にご飯にしよ」


もはや着替えを取るだけの部屋となった自分の寝室で先にスーツを脱いで、代わりに新しい下着やパジャマを手に浴室に向かう




温水を頭から浴びてすぐ、髪から爪先に滴り落ちて行く

....伸兄大丈夫かな
もしかして本当に色相濁っちゃってる?

そんな事を考えてはどっと胸が重くなる感覚がして、思わず壁に手を付いた

....ダメダメ
前に向島先生も言ってた
心配して悪循環起こしちゃったら意味がない
その為の週末でもあるんだから頑張って笑顔にさせる
それが私の役目であり、私が伸兄の為に出来る事

シャンプーの爽やかな香りに包まれる浴室
もうずっと変えていないこの香りが結局はお気に入り
唐之杜さんが用意してくれていた宿舎で使った物も嫌いじゃなかったけど、やっぱりこっちの方が落ち着く


そう手短にシャワーを終えて、清潔な服に着替えてフェイスタオルを頭に巻きながらダイムの名を呼ぶ


「今ご飯準備するからね」


リビングに入り棚からドッグフードを取り出して、適量を専用のボウルに出すと待ちわびていたかのように食い付いた茶色い毛並み


「よしよし」


夢中に餌を噛み砕く様子を数秒見守って、私もオートサーバーに....







「....わっ!帰ってたの?」


ソファで俯く背中を全く予期していなかった私は、幽霊でも見たかのように声を上げた

シャワー浴びてた間に帰って来たのかな


「声掛けてよ、伸兄も夕食に

「名前、ちょっと来い」


その言葉に私は純粋に従って、まだ着替えてすらいない人物の前に歩みを進めた

またかなり疲れてそうな顔
ヘルメット騒動も終わって、槙島も捕まえたって言うし、今度は何が起きてるの?


「座れ」


そう空いた座面が叩かれ、私はそこに腰を下ろした
そんな私の目をじっと見つめて来る瞳
何も言葉が発せられない空間の中、食事を終えたらしいダイムが近づいて来る足音だけが響く


「な、なに...?」


間も無く無言で見つめ合う空気にもどかしくなった私が、先にそれを打ち壊した


「....週末の予定を立てよう」

「え、今?」

「今じゃダメなのか」

「いや、いいけど....」


唐突過ぎて驚きが隠せなかった私の左手を取った伸兄は、そのまま自らの指を絡ませ強く握った
そんないつもならただ愛しさを感じる行動も、今では危険信号に思えてならない

私はその思考を拭うように、右手で頬を軽く抓った


テレビの画面が目の前で付けられると、インターネットモードに切り替えられる


「食事はどこに行くつもりだ」

「それこそ調べてみよ、都内の人気レストランでさ」


音声検索で出た結果は、
"デートならここ!"
"プロポーズにおすすめ"
"宴会特集"
"本当に美味しいイタリアン"
などなど、多種多様なテーマに沿ったサイトが一覧化されて表示された


「....焼肉食べたいな」

「....どうせまた俺に全て焼かせるだろ」

「私に安心して任せられるなら焼くけど」

「はぁ....分かった、なら場所を選べ」

「あそうだ!あとプラネタリウム行きたい!まずスケート行って、焼肉食べて、それからプラネタリウムも見に行こ!

「その前に焼肉の店を

「でもそんなに周れないか....私は休みでも伸兄は仕事でしょ?」


さすがにプラネタリウムはわがままが過ぎたかなと、検索しかけていたのを消去しようとした私を引き止めるように、繋がれていた手に力が込められた


「気にするな、何時まででも付き合う。この際行きたい所を全て挙げろ。営業時間が許す限りはどこへでも行こう」

「....な、なんか随分優しいね....?」

「....この外出を仕事の糧としているのはお前だけじゃない」































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夜中のオフィスで一人、狡噛さんのデスクで今まで槙島が関連したと思われる事件の繋がりを漁る

....槙島が次に何をするのか、狡噛さんは分かってるのかな

狡噛さんを人殺しにさせてはいけないと思う反面、槙島に追い付けない私は狡噛さんを止める事も出来ないんじゃないかと思い詰める

....どうしたらいいの


あまり覗き見するのは良くないと、変わらずにポケットに仕舞ったまま取り出していない紙束
結局今日一日渡しに行く事が出来なかった
もちろん宜野座さんに言える訳もなく、未だ届くべき場所に辿り着いていない想い達


「はぁ....」


座りっぱなしで凝り固まった体を解すように背を伸ばすと、突如聞こえて来た扉が開く音


....ドミネーターの運搬ドローン?





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