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....帰って来てないか

それもそうだ
まだ朝だし、今日の当直が終わるまでは一人かな

部屋に差し込む太陽の光が眩しくて、曇った心とは対をなしている


「....はぁ...おはよ、ダイム」


笑わなきゃ
笑顔でいなきゃ
そう両手で自分の頬を叩いて目を覚まさせる

デバイスを手に取ってみると、あれから折り返しの着信もメッセージも無い
....邪魔しちゃいけない、皆の為に頑張ってくれてるんだから

布団を剥いでフローリングに足を着けると、見えたのは雑に放置された仕事用のカバン
そうだ、昨日の夜気力が無くて片付けなかったんだった

それを手にリビングに入って行き、ダイニングテーブルの上に置いてタンブラーを取り出そうとカバンを開けた


「....狡噛さん....」


一番上という目の付くところにあったのは例の白い封筒
全部中に仕舞ってあるから文字は見えないけど、一度焼き付いてしまった光景はそう簡単に消えない

....もう、ダメだって
無闇に心配するのはやめるって決めたのに
また胸が苦しくなる

バラエティー番組でも観て気を紛らわせよう
一人だけの空間で終わりが見えない負の感情に陥ってても、益々深みに嵌っていくだけ

私はダイムに餌を準備してから、適当な朝食を用意した
それを持ってソファに移ってテレビを付ける

お笑いの番組を探して再生して、手にしたパンをかじる

























それからドラマや映画を見たり、ゲームをしてみたり、今夜行く所をネットで調べたり

夢中になって何かしらの画面を見ていると、いつの間にか周りが暗くなっていて、時間を確認すると午後4時

未だに何の連絡も無いけど、もうそろそろ退勤時間なはず

私は
"少し早いけど、ダイム散歩して先に夜ご飯あげちゃうね"
とメッセージを送信して、自室に着替えに入った

プリーツのロングスカートの中に厚めのタイツを履いて、上はVネックのセーターを

手袋って家にあったかな?
普段から着るコートやマフラーはすぐに見つかるけど、手袋は本当に寒い日でもなければ使わない
そんな極寒の日も高校生の時に一度あったような....
公安局に勤め始めてからは、車での通勤が多くなった事もあって手袋を使った覚えが全く無い
....私が高校の最終学年の時に引っ越したし....こっちに持って来たっけ

クローゼットの中を思い当り限り探すけど、出てくるのはまだ履いた事のない靴下や下着だったり、スーツのワイシャツやブラウスだったり

....その場で買えばいいかな

そうやって手袋を探すのを諦めた私は、コートとマフラーを備えダイムにリードを取り付けて家を出た




相変わらず空気は冷たくて、日は短い
1ヶ月前よりかは長くなったけど、今にでも日が完全に沈みそう
凍える手をポケットに入れて、一歩先を歩くダイムについて行く
....もはや誰が誰を散歩してるのか

そんな私の心情を察したのか、


「え、もういいの?」


まだ10分も経ってないのに私を引っ張るようにマンションへ戻り始めたダイム

有難い気持ちと申し訳無さが入り乱れて、自宅に戻った私はすぐにご褒美としておやつをご飯と一緒に少し多めにあげた




テーブルの上に置いていたデバイスを確認すると、まだ何も返信は無い
....忙しいのかな

ただ大人しく待つしかない私は、防寒具を脱いで、さっきまで見ていたドラマの続きを視聴することにした

学園物の内容で、若い子達が着る制服に私もそんな時代があったなと物思いにふける

つい先日のような気もするけど、もう何年も前
周りの女の子達に感化されてスカートを折った日には、家を出る前に伸兄に捕まったな....
....それで朝から喧嘩して、学校から帰っても口聞かなかったんだっけ
結局先に折れた伸兄が、その当時私が欲しがっていた口紅を買うと申し出て、完全に物で釣られた記憶がある


『最後の文化祭、絶対成功させようね!』

『お前ら遅刻すんなよー』


画面の向こうに広がる青春は目を向けられ程輝いている























....今何時?
あれからもう一本映画まで見終わったというのに、未だ返信も無いし、帰っても来ない

間も無く9時だ

さすがに違和感を覚えた私は、通話を掛けてみたけど


"お掛けになった番号は...."


なんで....?
遅くなるなら絶対そう連絡してくれるのに

10時で焼肉のお店も閉まっちゃうし....
今日はもう無理かな...と分かりやすく落ち込んでいた時




ピンポーン





一人立ち尽くしていたリビングに、なかなか鳴る事の無い玄関のチャイムが響いた

"帰って来た!"と一瞬喜んだものの、伸兄がチャイムを押すのはおかしい

宅配便かもしれないと、尻尾を振るダイムをリビングに一時的に閉じ込めて玄関へ向かう




「はーい!今開けま、」



え?




「っ!」





一瞬だったけど、確かにそこに居たのはヘルメットを被った人物で

一気に恐怖に支配された私は、急いでドアを引き戻した





....けど





「やめて下さい!」





すかさずドアを掴むように伸びて来た手に、強く挟んでしまうのは悪い気がして取手を握る手に力が入らない

ど、どうしよう
返信すら返してくれていない伸兄に連絡しても....

....そうだ、常守さんの番号も持ってる

空いている片手でデバイスを操作するも、迫る恐怖心と緊張に何度も関係の無い画面を開いてしまう



「離して下さい!じゃないと警察呼び


「待て、俺だ」


「....え?」





この声


まさか


そんな


なんで?



混乱して力が抜けていった私から引き剥がすように開かれたドア





「....ホームセクレタリーを切ってくれるか?」

「...は、はい...」




その言葉に素直に従い、すぐ横に備え付けられたタッチパネルで"電源OFF"に指を触れる

それを合図に、家の中に上がって来た人物はその忌々しいヘルメットを脱いだ














「....本当にすまない....俺は、....お前から全てを奪った」





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