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「おはようございます、義手が出来ましたよ」

「随分早いんだな」


あの事件後俺はすぐに左腕の治療を受け、公安局を退局しこの矯正センターに押し込められた

親父の最期を看取った後、俺はふらつく足でちぎれた左腕に指輪を取りに行った


「....すみません、週末は穀倉地帯での事の処理にバタバタしていてご自宅には行けませんでした。代わりに何度か連絡を入れたんですが....」

「その様子だとあいつから音沙汰は無いという事か....」


俺は結局親父と同じように、愛する人と交わした約束を守れなかった

....心配だ
万が一母さんと同じようになってしまったら....
この罪をどう背負って生きていけばいい


「....今日は月曜日だろ、仕事には来てないのか?」

「今確認しますね」


2月13日、シビュラの監視システムが完全復旧する日だ
そして明日はバレンタイン
本来であれば....縢が名前に何か貰っていたはずの日
それが今では、6人いた一係も常守と六合塚だけになった

槙島を射殺した狡噛は、その足で再び逃亡した
常守から聞いた話だとまだ足取りは追えていないらしい
もし今日以降も見つからなかった場合、狡噛を見つけるのはかなり困難になる

....あいつの事だ
きっと見つからない
公安局に見つかるくらいなら自ら出頭する


「お待たせしました。人事課に問い合わせてみたところ、名前さんはまだ出勤されてないそうです。遅刻や欠勤の知らせも無いと」

「...まずいな...名前は無断で欠勤するような性格じゃない」


それに今日は確か、大きな仕事の締め切りだと言っていた

確かに俺が家に帰らず連絡もしない状況で不安にはなっていると思う
だが、それならすぐにでも常守に確認を取ったり刑事課を訪ねて来るはずだ

....まさか俺が潜在犯になったと知ったのか?



「....言ってないだろうな?」

「そんな、もちろんですよ!宜野座さんが"自分で伝えたいから言わないでくれ"って言ったんじゃないですか」


二日経った今でも無意識に左手を触ろうとしてしまう
....そこに指輪が無いどころか、手そのもの自体無い
臨時として右手に着けていることすらまだ慣れない

そんな指輪も間も無く意味を持たなくなるかもしれない
厚生省から離婚勧告が名前に送られたら....


「大丈夫ですよ、この後ちゃんと自宅に伺いますから。さすがに強制開錠やドアブリーチは捜査でもないので出来ませんが、名前さんならきっと元気です。宜野座さんが居なくて寝坊してるのかもしれませんよ」

「そうだな....頼む」

「義手どうしますか?装着するの手伝いましょうか?」

「いやいいさ、これからは自分で管理することになるんだ。誰かに頼るわけにはいかない」

「ふふ、宜野座さんは相変わらずですね」


"名前さんとコンタクトが取れたらすぐに知らせます"と去って行った常守には微笑んで見せたが、実際は何となく感じ取っている

20年以上一緒に生きて来たんだ
危険な状態にあるに違いない

すぐにでも帰宅して助けてやりたい気持ちは山々だが、そんな事出来るはずもない
だがその責任を常守に感じさせたくもない

潜在犯として隔離された身である以上、もう為す術が無い



....名前

身体だけは無事でいてくれ



























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狡噛さんが出て行ってからの日曜日は、何をする気にもなれず、ただ全身が枯れる程にベッドの上で泣き続けた

シャワーとダイムの餌やりだけはこなしたけど、それ以外は何も

灯りもつけず、テレビも見ず、ご飯も喉を通らなくて

何度も常守さんから通話がかかって来たけど、その相手が伸兄ではなく常守さんだという事自体が私には刺だった

....本当に潜在犯に....

その事実に直面出来なくて通話を取れなかった


そして今日、月曜日
本来ならスーツに着替えて出勤する日
とてもじゃないけど無理だ
色相だって昨日より濁って来てるのに、これじゃ外にも出られない


ただ一人家でもがき苦しむ
狡噛さんもまたどこかへ行ってしまった

あの様子じゃ今度こそ永遠の別れ

....しっかり向き合うって決めてたのに
それどころか大罪を犯してしまった
その意識に気付いた時にはもう遅くて、どこを見渡しても独りだった


もう狡噛さんも伸兄もいない
それにお父さんと秀君も....

こんな一瞬であまりに多くを失い過ぎた私は、壊れかけていた




辛い
痛い
苦しい
悲しい

これからどう生きていけばいいの

何の為に生きていけばいいの

....無理だよ、私一人じゃ


ピンポーン


そんな時に響いたチャイムの音
でもモニターを見に行く気力もない

そもそもこの状況じゃ誰にも会えない

もうやめて
放って置いて
嫌だ
怖い


そう情緒不安定な絶望と恐怖に陥った私は、まだその落ち着く匂いをさせている布団の中に潜り込んで、何度も叫ぶように泣いた





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