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「....やけに暗い表情だな」

「....すみません....」


3日に1回程のペースでここに来る常守からは、まだいい知らせを聞いた事がない

もう2週間が経った


「君のせいじゃない」


責めるべき相手はこの自分でしかない
後悔しているかと聞かれればまた別の話だが、あの時セラピーを受けていればこんな事にはならなかったかもしれない


「唐之杜さんにお願いしてご自宅周辺の監視カメラの記録を見たんですが、2月11日の夕方頃に犬の散歩に出掛けて以来、家を出た様子はありません」

「そうか...」

「もちろん変わらずに通話も取ってくれていませんし、玄関も開けてくれません....もう自宅には居ないんでしょうか」

「....さすがにフェイスレコグニションは出来ないか」

「そうですね....事件性があるわけでも、捜索願が出されてるわけでもありませんので難しいです」


あいつが一番助けを必要としている時に側にいてやれない
何も出来ない
この檻の中でただじっと座って待っているだけ

....こんなに悔しい事は無い
だがそれも潜在犯に堕ちた己への罰

頼む...自傷だけはしないでいてくれ


「あの....それから....これも唐之杜さんの調べによる物なんですが、昨日名前さんに厚生省から離婚勧告が送付されました」


そうなると分かってはいたものの、いざとなると覚悟が出来ないものだ
俺には決定権すら無いが、それがまた辛かった


「今のところ名前さんがまだ受理していないようなので依然としてご夫婦なのは変わりませんが、実はもう一つ問題があって....」

「無断欠勤か?」

「あぁそれもそうですけど、宜野座さんの口座が止められているので料金が引き落とせず、間も無くご自宅の電気や水道が止まってしまうそうです....」

「なっ!あいつの口座に切り替えられないのか?」

「....ごめんなさい....金銭に関する事ですのでご本人の同意が無い限りは....」


これまであいつにはそんな基本的な生活方法も教えて来なかった
どんな手続きを踏めばいいのかも知らない


「事実上、現在名前さんには身元保証人がいません。どんな事でも代理人すら立てられない状況です。何とかして名前さんに出て来てもらうしかありません」


何か方法は無いのか?
これではあいつを見殺しにしてるも同然だ

クソっ
俺はこのまま....ずっと


「あの、頼まれてた物を持って来ましたよ!今そちらに渡しますね」


そう言って横の受け取り口から入れられたのは、大きな黒い布製の袋が二つ
その下部には、つい先日常守に教えた店のロゴと名前が


「すみません、お店の方から不備が無いかの確認として中を見て欲しいと言われて一度開けてしまったんですが....すごく綺麗なドレスですね!名前さんにとっても似合いそうです」


俺は"新婦様"と書かれた方のカバーのファスナーを引き下げ、そこから純白のドレスを丁重に取り出した


....ダメだ
あの日見た美しさが蘇って来る
化粧を施され赤みを増した唇も、俺を見上げた恥じらう表情も
全てが鮮やかに目の前にあるのに、どう手を伸ばしてもそこに愛しい温もりは無い


「...ぎ、宜野座さん...」

「あぁ...本当に、よく似合っていた」


その人間の厚みが無い布地を抱き締める力を強くする度に視界が霞んで行く

....俺が悪かった
お前はきっと待っていてくれたんだろう

一人家で帰らない俺に絶望しているのかと思うと、この上無く胸が張り裂けそうになる


「....俺は泣いているか」

「は、はい....」




































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この2週間、何度も何度も"もう無理だ"とキッチンから包丁を取り出して自らの手首や首元に添えた

でも私は結局そんな覚悟も勇気も無かった

散歩にも連れていけないダイムに申し訳なくなったり、そろそろドッグフードも底を尽きそう

まともな食事も取っていない私は、日に日に心も体も衰弱して来ているのが自分で分かった


そんな時に同時に二つの"残酷な現実"を見つけた


一つはベッドのすぐ横に落ちていた小さな箱
いつからそこにあったのかも気付かなかった
恐る恐る開けてみると、中には淡い色合いの桜を模したブローチが入っていて、すぐに誰が買った物なのか想像が付いた
綺麗だし好みだけど伸兄のセンスじゃない

その輝きに何回目かも分からない熱さを目の奥に感じていた時、毎日数えられる程は鳴っていたデバイスが丁度音を放った

また常守さんか同僚かな...
と思っていた所、タイトルに"厚生省からの重要なお知らせ"とあって急いで内容を確認した

最初の離婚については、私が了解を出さなければ大丈夫だと流したけどすぐに目についたのが

"あなたの生活に支障が出ていると判断した場合、厚生省に決定権が移る可能性があります"

との一文





そんな



もし今の私の状態が知られたら間違いなく姓を名字に戻される



嫌だ
皮肉な程に煌めく指輪は誰にも奪わせない
これは永遠に二人だけのもの
他の誰にもどうする事は出来ない


でもこのまま家に閉じ籠れもしない
いつかは外に出て買い物なりしなかいけなくなる



"何かあったらそこに行け"



....そうだ、メモ





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