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「ほら、早く乗って」

「は、はい!」


実は狡噛さんが残してくれたメモをネットで調べたところ、廃棄区画の住所である事が分かって怖気付いていた

廃棄区画なんて....近寄っちゃいけない場所としか認識してない

でも先日何故か家の様々な物が機能しなくなり、どう直せばいいのかも分からない私は、意を決してメモに書かれた連絡先に通話を掛けてみた

すると女性の人が出て、名前を告げるなりすぐに"あぁ、聞いてるわ"とそこへ行く手順を教えてくれた

それは、タクシーに乗って新宿二丁目の交差点で降り、そこから右に曲がった路地で迎えに行くから待ってて欲しいとの事


常守さんにメッセージを残してすぐ、まだ日も昇っていない時間
私はダイムをギュッと抱き締めて"ごめんね"と最後のお別れをした
玄関を出る時強引に着いて来ようとした姿に心を痛めたけど、振り向いちゃダメだとそのまま扉を閉めてドア越しに聞こえる鳴き声から走り去った


そして今、本当に迎えに来てくれた車に乗り込んだところ
少し古い車でホコリっぽい匂いがする


「あ、あの....」

「あなたデバイスはちゃんと捨てた?」

「え?」

「ちょっまさかまだ持ってるの!?」

「えっと、その....」

「早く捨てて!」


"公安に追われるでしょ"と窓ガラスを下ろされ、外の空気が顔にかかる

そんな、今までの大切な写真とかが入ってるのに....
これを失くしたら完全にこれまでの人生から絶たれてしまう気がする

....でもこの道を進むと決めたのは私
大丈夫、狡噛さんが残してくれた道だから
信じるしかない

私は最後に高校卒業時に佐々山さんに撮って貰った写真を開いて、小さく息を吐いた


枯れきった体からはもう流す涙も無い


走り続ける車の外で、デバイスが潰れた音がした


....もし神様がいるなら、お願い
私から愛しい記憶を奪わないで
全部全部掛け替えのない物で、何より大事なの
どんなに辛くて泣いた日も、嬉しくて幸せに溢れた日も




「京子さんに特別スカウトされたみたいだけど、ここでは仲良しこよしなんて無いから」


京子さんって確かメモに書いてあった名前
私その人にスカウトされた事になってるんだ
....それよりどんな場所なのかも知らないのに、もう敵意を感じる


「あなた名前は?」

「あ、名前です。姓は宜

「待って!それ本名じゃないでしょうね?」

「え...?そ、そうですけど....」

「はぁ....もう名前は聞いちゃったから仕方ないけど、姓は誰にも言わない事ね。廃棄区画で暮らす人間なんて皆素性を捨てるものなの。話さないし聞かない。それがルールよ」

「...分かりました...」


窓の外の景色がどんどん廃れて行く
....ここが廃棄区画

綺麗なものばかりに囲まれて生きて来た私には見た事もない世界
でもなんでこんな所を狡噛さんが...


「降りて、ここからは歩くよ」


言われた通り車を降りると、足元にすぐ薄汚れた水溜り
靴に跳ねてないよね...?
一応就職と同じようなものかなと思って、スーツ着て来ちゃったけど違かったかも....

荷物を持ってその背中をついて行くと、路上で倒れるように寝てる人だったり、やけにお酒臭い人だったり
一歩一歩足を踏み出すのも慎重になる


「うわっ!」


思わず立ち止まった目の前には、何か動物の死体
膝が震える


「何してるの、....ただのネズミじゃない、そんなのに驚いてたらキリ無いわよ」

「す、すみません....」

「あなたいくつ?高校生じゃないよね?」

「....27です」

「27でネズミにビビるなんて、よっぽど良い暮らしをして来たのね。見たところ着てる服もかなりの高級品だし、苦労なんてした事の無い手ね。どこの令嬢か知らないけど、それじゃここでは生き残れないわよ」


そう脅される勢いで辿り着いたのは地下に続く階段
指先で手すりを触りながら降りて行くと、その先で開かれた扉


「京子さん、ただいま帰りました」


....ここがお店?
やけに高級感のあるソファやテーブルが並んだ店内
照明もガラスのシャンデリア
レストラン...かな?


「お疲れ様、もう休んで良いわよ」

「はい、ありがとうございます」


そう言って私の横から再び出て行ったここまで送ってくれた女性


「狡噛君と光留君の知り合いの名前ちゃんね。私がオーナーの京子よ」


綺麗な和服に身を包んだこの人が京子さん
差し出された手を慌てて握り返した


「ここはね、いろんな裏事情がある子が集まって来てるの。誰もそれを判断基準にはしないわ。あなたに何があったかは分からないけど、刑事である狡噛君が女の子をこんな所に勧めるなんてそれ程大変な思いをしているのかしら?」

「...それは...」

「いいのよ話さなくて。私も聞き出すつもりは無いわ。あの二人も3年前からパッタリ来なくなってね....光留君残念だったわね。私も今回狡噛君から連絡をもらった時に聞いたんだけど、結構いい男だったのに....」


佐々山さんか....
あまり話せなかったけど、狡噛さんが気に入ってたのは知ってる
だからこそ例の標本事件で....


「まぁ、あの二人の紹介だからね。さすがに表で接客はさせないから安心して。代わりに裏で事務作業を手伝って欲しいの。私の秘書みたいなところかしら」

「接客はダメってどういう事ですか?」

「あら、やりたいのなら構わないけど?うちは"お触り厳禁"だから大丈夫だとは思うけど、....それ、愛する人がいるんでしょ?」

「え、は、はい....」


そうやって左手を指差されて、思わず右手で覆って隠してしまった


「狡噛君がね、"あいつには大事な人がいるから、出来れば男と密には関わらせないであげてくれ"って。全く、ここキャバクラなの分かってるのかしらね」

「っ、キャバクラ!?」





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