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「すまないな、荷運びまで手伝わせてしまって」

「構いません、困った時はお互い様ですよ」


執行官適性をすぐに受理した俺は、2日後一度常守に自宅に連れて行ってもらった

その間ダイムは常守が快く預かってくれた


2月11日よりホームセクレタリーが作動していなかった自宅のキッチンからは、僅かに名前の血痕が付着した包丁が見つかり、衣服も何着か消えていた

その後常守が上にペットの許可を取ってくれた事で、ダイムをすぐに引き取り、今は自宅から運んだ荷物を執行官宿舎に並べている


「本当にたくさん観葉植物があるんですね」

「趣味の一つなんだ、名前は大した興味を示してくれなかったが....」

「名前さんはあまり趣味は無さそうでしたもんね」


大量に運び込まれた段ボールを一つずつ解いて行く
その中からは廃れる事の無い日々が溢れて来る

実はさすがに捨てられるわけも無く、名前の物まで全て持って来た
それだけで側にその存在を感じる事が出来る気がして


「名前さんの物は一ヶ所にまとめて置きますか?」

「いや、あるべき場所に置いて欲しい」


本当に一緒に暮らしているかのように
いつあいつが帰って来てもいいように

そんな事を執行官宿舎で思うのは理に叶っていないが、それでもあいつを一人で放っては置けない

名前はきっと俺と同様に、現状を表面上"上手く"やっているだけだ
『本当は』と言いたい心の真実を全て押し潰し、『こうするしかない』と呼吸すら出来ない程苦しい暗闇の中でただ耐える

それを俺と名前のどちらか一方でも破らない限り、永遠に互いで互いの首を締める事になる

....あいつが耐え切れなくなって完全に壊れてしまうのをじっと待つわけには行かない




「名前のデバイスの解析はどうだ」

「....破損が酷くて....現在唐之杜さんが尽力していますが正直難しいと思います。やはり廃棄区画に行かれたんでしょうか....」

「....これまで何度も"絶対に近付くな"と教え込んで来た。あいつがそれに対して無意味に逆らうとは思えない」

「誰かの手引きがあったと考えているんですか?」

「....信憑性が無い推理だな」

「いえ、名前さんをよく理解している宜野座さんだから出来る事ですよ」


カメラの記録では、一昨日のまだ暗い朝方にマンション前でタクシーを拾って新宿二丁目で降りた姿が確認されている
そこからカメラの死角に入られ足取りが掴めていない

マンション前の街頭スキャナーで検知された名前のサイコパスは、悲しい程に俺と同じ色をしていた
....いちいち真似をするなと言ったのにあいつは....


そして今日になってタクシーを降りた地点から800m離れた場所で、車両に何度も踏まれたデバイスが見つかった
名前の物だと発覚したのは指紋が検出されたからだった

....一体誰が"廃棄区画へ行け"と唆した?
1ヶ月間あいつは家すら出ていないはずだが....



「こ、これ大きいですね、何の植物ですか?」


そう重そうに鉢を運ぶ常守の手には、名前が唯一興味を持ち、その白い花が俺に似ているとした月下美人


自宅で初めて開花した時の事をよく覚えている

夕方頃に共に帰宅した時、漂って来た香りに名前は『....ダイムが香水か何か割った?』と心配した
そこで月下美人の特徴を教えると、咲いた花を見たいとずっとリビングでその時を待ち続けた

窓の外に月が現れたのに従って開いて行った花弁に、名前はただ小さく『綺麗』と呟き、俺はそんな横顔と、初めて肉眼で見た大輪の花とを重ねていた


「月下美人と言って、年に一回夜に一度だけ白く美しい花を咲かせるサボテン科の植物だ。だが実際は育て方によっては年に数回咲く事もある」

「夜に咲くって珍しいですね、もしかして名前さんのお気に入りですか?」

「....何故分かった?」

「矯正センターでこれを何度も購入申請されてましたよね。他に申請が通らなかった物はそれきりで、再度申請していないのに。どうしても側に置いておきたい程思い入れがあるって事ですよね?」

「....はぁ...あの時言葉を悪くした事を許してくれ。確かに雑賀譲二は君の役に立ったようだな」

「そんな、気にしてませんよ。それにこれはプロファイリングじゃありません。宜野座さんの名前さんに対する愛情はよく分かってますから」

「全く、妬いちゃうわよね?私達も女なのよ?」


そう突然した第三者の声に顔を向けると、"お邪魔するわね"と部屋に入って来たのは、俺が監視官の頃から何も変わっていない唐之杜


「あ、唐之杜さん、解析終わったんですか?」

「まぁ出来る限りのことは尽くしたんだけど、最後に表示されていた画面しか復元出来なかったわ。....ごめん」





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