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それからは毎日が一変した

私はお店にある一室を自由に使わせて貰えることになり、基本24時間ずっと店の建物内にいる

夕方から忙しくなるここで朝は自由な時間に起きる
でも部屋で一人になる時はいつも、見慣れない天井と硬さの違うマットレス
私に安心を与えてくれていた匂いもしなくて、手を伸ばしても優しく抱き締めてくれる体温が無い事に心が揺れた

本当は今すぐにでも会いたい
その存在全てが私には必要だった
....でも伸兄はもう壁の向こう側

私だってここから一歩出れば同じだ
前に狡噛さんと秀君に"施設は絶対行かない方がいい"と聞かされた事もあって、それが怖くて出来ない
廃棄区画の道をわざわざ残してくれた狡噛さんの思いもそこにあるはず
それに、施設に行ったら本当に会えなくなる
一生出られない檻の中で"名字名前"として一人きり

....それならここで、いつか差し伸べられるかもしれないその手を待つ方がいい
伸兄なら執行官適性が下されるかもしれないし、もしかしたら常守さんが、時々ここで"外出許可申請した"伸兄と会う事を見逃してくれるかもしれない
....なんてありもしない希望を幻想のように見出していた

ダメだ
会いたいけど会ってはいけない
そしたら今度こそ絶対に触れられなくなる

狡噛さんが最後にくれた思いを大事にするしかない
きっとこれが最悪の中で最善の道だという事だから



日中はそうやって壊れそうな精神に耐えるように苦悶して、夕方になるとスーツに着替えて事務所のような場所で収益や顧客情報を整理したりしている
襟元には狡噛さんがくれた桜のブローチを付けて

そんな私に反して、他の女の子達は眩しい程のドレスや化粧に身を包み、表で華々しく接客をしている
どうしても忙しい時は私もドリンクやフードを出すのを手伝う為それを直接目にする事がある

....こんな空間に佐々山さんと狡噛さんも居たのかと思うと、変な気分というか....
佐々山さんはなんとなく分かるけど、狡噛さんもこういうのに興味があったのかな?

なんて疑問を京子さんに聞くと、


『狡噛君はいつもカッチリとスリーピースのスーツを着込んでたわよ。女の子や光留君にどんなに勧められても、全くと言っていい程お酒は飲まなかったわね。』

『そうだったんですか....』

『うちの女の子にも興味を示さなかったし、彼女さんでもいるのかなと思ってたら、光留君が"ピヨ噛はダチの妹に恋しちゃってんの"って言ってたのよ。それってあなたの事でしょ』

『っ、えっと....』

『ふふっ、いいのよ。今の状況を見る限り狡噛君は失恋しちゃったみたいだしね。....ひょっとしてあなた結婚したのは3年くらい前?』

『いえ、まだ半年も経ってませんけど....どうしてですか?』

『狡噛君がね、一回だけ心配になる程飲み続けた日があったのよ。確か光留君が"目の前で好きな女が他の男とイチャついてんの見ちゃったんだよ"って言ってたかしら。あと、"俺はハンカチ貰ったけどピヨ噛は何も貰えなかったしな"って』

『...ハンカチ....あっ』


そうだ、確かに佐々山さんにハンカチをあげた
助けてくれたお礼として、皆で佐々山さんの部屋で食事をした時
....でもあの時私イチャついてなんか...いなかったと思うんだけど....
だって途中で寝ちゃったし....気付いたら車の中で家に帰る道中だった記憶がある


懐かしい
そんな思い出達が今は、私を生かしも殺しもする
最初の一瞬だけ良い気分に浸り、すぐに今と比べたその現実味の無さに墜ちて行く

でも変わらずに指輪は私の手元で輝いている
オーダーメイドしてくれたこのスーツの手触りも、私の誇りだった監視官の背中と同じ
何もかも失ったけど、それは夢なんかじゃなくて本当に存在していたのだと思い知らされる




もう戻れない



....戻りたいよ....
































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「同期の中じゃ私だけになっちゃったじゃない」

「キャリアの道はお前に託すよ」

「....あの時本当は名前ちゃんと一緒にバレンタイン作る予定だったのよ。あなたにサプライズしようって。でも凌吾の件で私もさすがにちょっと参っちゃってね....無理にでも一緒に作るべきだったわ」

「過去を悔やんでも仕方ない、あいつもお前を責めたりしない」

「随分柔らかくなったわね」

「妥協を覚えたんだ」

「....指輪、外さないの?戸籍上もう独身でしょ」

「....あいつが外さない限りは俺も外せない。これは俺と名前二人の物だ。勝手に独断で取捨出来ない」

「あの子が外してないって自信を持って分かるのが、相変わらず信じられないわ。私は凌吾の事何も分かってあげられてなかったのに....厚生省も酷いものね。たった一回スキャナーに引っかかった記録が規定値オーバーだからって即離婚だなんて」

「それがお役所だろ。"回復の見込みが無いレベルまで色相が濁る程、潜在犯である夫に生活を阻害された"、何も間違ってはいない」

「はぁ....それで、あの子が廃棄区画に行った証拠は無いんでしょ?」

「あいつは狡噛でも無ければ、犯罪を企むような頭脳も無い。自らカメラやスキャナーをここまで避けて生活出来ない。それなら廃棄区画に行ったと考えるのが自然だろう」

「もし仮に見つけたらどうするの?施設送りに決まってるわ。ここであなたとまた暮らせるわけじゃないのよ」

「....名前はずっと俺が育てて来たも同然だ。あいつの事は俺が一番よく分かっている」





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