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「何も無いか?」
「あったら言ってるわよ」
「....そうだな」
立ち寄った分析室で、唐之杜に名前の捜索状況を聞く
....最低限無事であってくれ
そう願ってやまない毎日の中、夢の中ですらあいつを探していた
「....もうあれから5ヶ月ね、結局帰って来たのはあなただけだったわね。秀君、征さん、慎也君、それに名前ちゃんまで、皆どこかへ行っちゃった」
「....狡噛はきっとどこかで自由に生きてる。あいつはそんな奴だっただろ」
「それもそうね...」
前は鼻につくと思っていたタバコの匂いも、今ではそこまで気にしなくなった
もちろん吸っているわけじゃないが、毛嫌いもしない
ちょうど唐之杜が吐き出した煙が昇って行く
「そういえばあの子、霜月監視官。名前ちゃんの事聞きに来たわよ」
「こんな執行官でも興味は持ってくれているんだな」
「本人に直接聞かないところがあの子らしいかもね」
「それで、教えたのか?」
「弥生から聞いたんだけど、頻繁に一緒に外出してるからって、あなたと朱ちゃんの関係を疑ってたらしいわよ。さすがにそれは皆に悪いから、ちゃんと法律上別れた妻がいるって教えてあげたわ。....ただ名前ちゃんが潜在犯の可能性がある事は伏せてね。何か余計な事をされちゃいそうじゃない?」
「....否めないな」
「まぁ案の定、"せっかく厚生省が引き離してくれたのに、自ら探しに行くなんてあり得ない"って文句言ってたわ。そもそもあの子は、あなたと名前ちゃんの関係の深さを知らないから無理も無いけどね」
「....霜月を見ていると、昔の自分を思い出すな。俺も約束を守れなかった親父がノコノコと帰って来た時は頭に血が上った。だが今思えば、母さんにとっては嬉しかったのかもしれない。潜在犯だろうが愛を誓った男性には変わりないからな」
「....本当変わったわね、今の方が断然素敵よ」
「それは名前の口から聞きたいものだな」
「全く、私もそれくらい熱く愛されてみたいわ」
「六合塚に怒られるぞ」
「あっ!内緒にしといてよね」
俺もこうして日々を普通に暮らしているが、実際のところは推奨されている睡眠時間も達成出来ず、自分のせいではあるが宿舎に置いた名前のドレスや私物を見ると涙を抑えきれない事がある
以前の俺だったらもう狂ってしまっていたかもしれない
だが今は、ただ"名前の為"を思って過ごしている
あいつはきっと俺が苦しんでいるのを望まない
次会えた時名前の笑顔が見れるように、俺も笑って迎えてやりたい
眼鏡や前髪も、"名前の為"じゃないと言えば嘘になる
出来るだけあいつの願う俺でいようと
そんな名前が帰って来たら、何があっても守れるようにと身体も鍛え始めた
....狡噛と比べたら依然天と地の差だが、少しでも強くなろうと出来る限りのトレーニングをしている
それと、後ろではなく前を見るようになった
本来既に撮り終えている予定だったウェディングフォトのスタジオの装花を、本格的にデザインした
....全て、いつ現実になるかは分からない
だがその未来は必ずあると信じて
「....本当に探し続けるつもり?」
「当たり前だ。監視官が許可を出してくれる限りは諦めない」
「....悪い結果が待ってても?廃棄区画ってさ、犯罪の温床で何があってもおかしくない。それこそ売春や薬物、誰かに殺されたって分からないわ」
「あいつがどんな罪を犯そうが俺が全て背負う。それに....名前は生きてる、根拠は無いがな」
「相変わらずあなた達の"愛"は理解し難いわね。慎也君がいたら私と同じ事を言ったと思うわ」
「誰に理解される必要も無い、俺と名前が分かればいい」
「....そうは言っても、心配で仕方ないんでしょ?かすり傷一つでも大慌てするんだから、廃棄区画で誰と何をしてるかも分からないなんて、あなたが落ち着くわけないじゃない」
「....否定はできない」
「朱ちゃんも"空元気じゃないか"って気にしてたわよ。皆助けたい気持ちは同じなんだから、一人で抱え込み過ぎないでね」
実は確かに廃棄区画で情報を聞き回っている最中、いかがわしい店や物騒な暴力行為などを目にし、名前もそれらの一部に取り込まれているんじゃないかと気が気でなかった
しかしだからと言って捜索を止める理由にはならない
むしろ一刻でも早く見つけなければと思っていた
あいつがどこかで生きている限りは
絶対に
「....そうだな。傷一つ付けさせるな、必ず見つけろ。....なんて監視官じゃない俺には言う資格は無いか」
「そんな事無いわよ!やっぱりあなたはそう来なくっちゃ!」