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「宜野座さんが使ってる香水ってこれだったんですね。近くに居る時にたまに香ってくるのがとてもいい匂いだなと思ってました」

「俺が初任給で渡した小遣いを使って名前が贈ってくれた物なんだ。それ以来同じ物を使い続けているが、俺以上にあいつが気に入っていた」

「ふふっ、そう言う宜野座さんも嬉しそうですね」

「惚気話に聞こえてしまうか?」

「いえ、幸せのお裾分けですよ」


俺が購入申請した物が詰め込まれた段ボールを解いて行く中、"ダイムに会いたい"と部屋までついて来た常守も取り出された中身を探って行く
何が入っているかは申請を受理した常守には既に全部知られている為特に恥ずかしさも無い


「でも名前さんは本当に正解だったと思いますよ。宜野座さんにぴったりです」

「あいつが聞いたら自慢げに笑うだろうな」


そんな香水意外にも、日用品や雑貨、食器類もペアで新調した
それに加え、いつでも祝えるようにと名前の28歳の誕生日プレゼントも

その存在があった事すらないこの部屋に、"二人"の色が濃くなって行く
それを"二人なんだ"と認識するか、"どうあがいても結局一人だ"と卑屈になるかは正直気分次第だ
名前の捜索に出掛け、情報すら得られずに帰ってくる時は後者
反対に"今日こそ見つける"と出て行く時は前者


最後に名前と触れ合ったはずのダイムには、何度もその時の様子を聞いた
だが返事など返って来るはずも無く、いつもそれを良いように解釈しようとして失敗する

あれから月下美人も咲いていない
そろそろ開花があっても良いとは思うのだが、合図であるあの気品高い甘い香りはしない
それが名前の帰りを待っているのか、それとも帰って来ない事を告げているのか

そうやって何事にも嫌な程二面性を感じていた



「狡噛さん、今頃どこで何してるんでしょうね....」

「常守はやはりあいつが気がかりか」

「あまり考えないようにはしてるんですけど、...ダメですね」

「....その気持ちは痛い程分かるな」

「それでも宜野座さんとは比べられませんよ。....ずっと刑事で居てくれると約束してくれたのに...」

「俺も狡噛も親父も、全員自らした約束すら守れなかった。謝っても仕方ないとは思うがどんな償いでもしようと思う。....俺じゃ狡噛の代わりにはならないが、どうだ、一杯飲んで行くか?」

「....私も名前さんの代わりにはなりませんよ」
































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まだ全てが忘れられない

もう半年近く経とうとしてるのに、ここが私の一生だなんて信じられない

それでも身体はこの生活に慣れて来てしまって、京子さんにお世話になりながら働いて恩返しをする毎日

京子さんは本当に私に良くしてくれてる
何があったのかも狡噛さんとの関係も深くは聞いて来た事がない
そうやってほとんど以前の日々を感じる事がない空間は、良い意味でも悪い意味でも私の精神に影響を及ぼす



....会いたい

ダイムはどうしてるかな
常守さんがちゃんと引き取ってくれたかな
伸兄はまだ施設にいるのかな
見つからないって言ってた秀君は戻って来たかな

気になる事は沢山ある
でも聞ける人もいない


ここで一番私を知ってる人は京子さんだけど、それでも私が公安局に勤めてた事や、夫が狡噛さんと同じように刑事だった事も知らない
毎晩接客に励む女の子達に関しては、初日に話を聞いてた通り私が誰なのかも聞かないし、私も知ろうとしない

そんな上辺だけの関係のような中で、彼女達の装飾品のお手入れをしたり、私が競い合う敵じゃないと分かってくれてからは"上手く"はやってる


「おはようございます」


こうやって夕方から始まる仕事でも、そう挨拶はするし


「あ、おはよ」


返してもくれる
深く踏み込まないこの関係性が、実は有難い

今日の予約状況を簡潔に伝えて、髪の毛のセットを手伝う


「そういえば、あなた何か犯罪やらかしたでしょ」

「え?」

「まぁそんな人ここにはいっぱい居るし不思議じゃないけどさ、気をつけなよ。今日店の前で公安にあなたの事聞かれたから」

「そうそう!結構イケメンだったよね!?お客さんかと思って私達盛り上がったのにすぐ帰られちゃった」

「おまけしても良いって誘ったのにねぇ」

「でも女連れてたしそういう事でしょ」



思わずヘアアイロンを持っていた手が止まる

まさか



「一応知らないって答えておいてあげたんだから感謝してよね」

「それいつの話ですか!」

「30分くらい前だよね?」

「そうそう、タバコ吸ってた時」

「ってちょっと!どこ行くのよ!」



私は後先も何も考えずに、部屋を出て地上へと続く階段を駆け上った

会いたい
声が聞きたい
抱き締めて欲しい

ただその一心で飛び出た久々の外は土砂降りの雨


どこ?
右?
左?

グシャグシャに濡れて行くスーツで、水たまりを踏みながら走って
走った



ダメだ
いない
見つからない




そうやって降り注ぐ雨の中、地面に座り込んでしまった私はやっと冷静になって泣いた



会ってどうするの

狡噛さんとの事も、どんな顔して会えばいいの
....あんな罪許されない


途端に襲われた自分に対する失望と伸兄に対する罪悪感は、私をそこに押さえ付けるようにのしかかった





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