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「....親父、とうとう年内に見つけられなかったよ」


そう墓石に向かって言葉を紡ぐ背中を監視官として見守る

征陸さんが着ていた物と似たようなベージュのコートを纏った宜野座さんは、時々無理しているんじゃないかと心配になる

まだ施設にいた頃にドレスを抱き締めて涙した時以来、私は宜野座さんが弱った所を見ていない
先月の誕生日を、忙しかったのを理由にすっかり忘れて一人で過ごさせてしまった日にも、悲しい顔一つしていなかった
それでもサイコパスは徐々に悪化していて、どんなセラピーもあまり効果を為していないそう

私には原始的な方法での捜索を可能な限り手伝うしかない
今のところ、歌舞伎町で"どっかで見たことある顔だな"という手がかりと言えるのかどうかすら分からない証言しか得られていない
メモリースクープでも出来たらいいけど、その証言をした男性ですらもうどこにいるのかも分からない

もしかしたら狡噛さんと一緒にいるのかも知れない
なんて思った事もあったけど、あの狡噛さんが廃棄区画に止まっているとは思えないし、そうじゃないとすれば宜野座さんの推測を否定する事になる


....狡噛さんはあの時買ったブローチをどうしているのだろう
私も時々残された手紙を意味も無く読み返してみたり
狡噛さんが吸っていたのと同じ銘柄のタバコを横で焚いてみたり
心配性の宜野座さんに知られたらカウンセラーに行けって言われるかな





「いつもすまないな、個人的な用事に付き合わせてしまって」


公安局へ帰る車中
前はほとんど宜野座さんが運転してくれてたのに、今では私がそのハンドルを握る
窓の外は間も無く迎える新年を待ちわびた人々で賑わっていた


「もう何度言ったら分かるんですか?」

「だが今日は大晦日だぞ。家族と過ごさないのか?」

「帰省する時間はありませんよ。宜野座さんこそ一人で寂しいんじゃないですか?」

「....全く、強がらせてもくれないんだな」


そうやって私はたまに宜野座さんの部屋で、征陸さんが残したウィスキーを共に口にしていた
実はその空間が好きだったりする
と言うのも、宜野座さんはアルコールが入るといつも嬉しそうに微笑みながら名前さんとの話をしてくれるから
その温かな愛に私まで心が和らぐ














「好きに座ってくれ」

「ありがとうございます」


ケージの中で揃えた前足に頭を乗せてこちらを見守るダイム
名前さんがメッセージで残してくれていた通り、確かに良い子だ
宜野座さんによるともう老犬らしいけど、そんな風には全く見えない

部屋の中はとてもシンプルで、でも所々はっきりと夫婦の色を感じる
まるで本当に一緒に暮らしているかのよう


「私が注ぎますよ」

「悪いな」


上着やネクタイを外して、ワイシャツとスラックス姿で二つのグラスとウィスキーのボトルを持って来た宜野座さんはそれをテーブルの上に置いた


「....狡噛も名前も、今頃どこかで誰かと年を越しているんだろうか」

「狡噛さんは一人で空でも見上げてそうですよね」

「....分かる気がするな」


カンっ
とガラスがぶつかり合う音

グラスを持つ左手にされた茶色い手袋が、そこにある指輪を対する明度でさらに輝かせていた


「1年前の今頃は、自宅の窓から名前とホログラムで打ち上げられた花火を見ていた。....その時は、こんな事になるとは思っていなかったな....」

「そんなの私もそうですよ」

「....あいつは昔からいつも花火やイルミネーションといった類の物に目を輝かせていた」


"子供みたいだろ"と琥珀色の水面に目線を落としながら口元を緩ませた表情は、やけに切なく見えた
そして宜野座さんが言う年越しの花火も、あと数分もしないうちに上がるはず


「それなら名前さんはきっと今年も見てますよ。同じように宜野座さんも見てると信じて」

「....この部屋の窓から見えるのか?」

「マップで位置を調べてみましょうか」


私は監視官デバイスで花火が上がる位置を検索に掛けた


「51階の展望テラスなら丁度見えそうです、急ぎましょう!早くしないと始まっちゃいますよ!」
















そして冷たい空気が頬をかすめる中、打ち上げられた花火に照らされた宜野座さんの横顔には


「....あぁ、綺麗だ」


涙が一筋溢れていた



























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一人で歳を重ね、クリスマスは忙しかったお店を手伝って、気付けばもう今年最後の日

あれからまた公安を見たと言う情報は無くて、それを期待してるのか恐れてるのかももう分からない

1ヶ月程前に伸兄も29になったはず
....ちゃんと誰かに祝ってもらえたのかな
思い切り祝ってあげたかった
何日も前からパンを焼く練習をして、街にプレゼントを探しに出かけて、沢山愛を伝えたかった

それが出来ないどころか、あまりの罪の意識や潜在犯になる事への恐怖、姓を戻したくないという思いが心に重荷として更にその威力を強めた


「花火まであと5秒」

「4」

「3」

「2」

「1!」


女の子達のカウントダウンと共に、店の前の路地からぴったり見えた大きな花火が綺麗に散った


「あけおめー!」



新年を祝い合う喜ばしい熱気の横で、一人また涙する



「....綺麗だね」





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