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先輩と弥生さんの当直と入れ替わる形で、深夜のオフィスで宜野座さんと二人きり
....正直言って気まずい
特に何かあったわけでもないけど、未だに指輪を外さず時間があれば先輩と出掛ける様子に私は相変わらず思うところがある
でも仕事はしっかりしてるし、元監視官とだけあって報告書にも指摘出来る点が無い
問題行動も無くそういう意味では優秀な執行官
....だいたい、見つけ出してどうするの
密かに会い続けるとでも言うの?
ただ会いたいだけで探して、後先をまるで考えてない
せっかく厚生省が護った人間を、わざわざその原因となった潜在犯と引き合わせるなんて現監視官と元監視官のする事?
まぁ私には関係無い
仕事の邪魔をしないでくれればいい
何があっても私の責任じゃない
「もう1年か。どうだ、仕事は慣れたか?」
「....執行官の雑談に付き合う義務はありません」
「間違ってはいないな」
今の一係ではただ一人の男性
ほぼ一回りも年が離れた部下に余計な感情を持つ訳もないけど、"いい加減諦めたらどうなの"とは思う
1年も探して見つからないんじゃ、もう相手も潜在犯に落ちた元夫の事なんか忘れて先に進んでるに決まってる
これと言った職務も無い中、本人を目の前にして密かに人事ファイルを開く
....2104年に入局してから約9年間も刑事課一係の監視官を務めた
キャリアだってあと1年だったのに、悪化してたサイコパス放置って自業自得でしょ
そしてやっぱり結婚した記録なんて何も無い
確か、残されたパートナーが今後それによって不利益を被らないようにする為
つまり潜在犯に情けなど必要ないって事
パソコンの画面の横から、何か作業をしている宜野座さんを覗く
....どんだけ一途なのよ
まさか仕事で出会って一目惚れとか?
『エリアストレス上昇警報、新宿区....
そう静かなオフィスの中で突然鳴り響いたアナウンスに、思わず肩が震えた
「....私が夜勤の時に...どこの馬鹿よ」
「出動だぞ、監視官」
「いちいち教えてくれなくても結構です!」
二人で駐車場に向かい、私がオートドライブに設定した車で夜の街に出て行く
思えば、こうして本当に私と宜野座さんだけで現場に向かうのは初めてかもしれない
あまり多くを話した事もないから、実際何を思ってそこまで元妻を探してるのかも聞いた事がない
弥生さんには、"名前さんについて知りたいなら直接宜野座さんに聞いた方がいい。彼以上にあの子を知ってる人はいない"って言われた
でも何となく聞けなくて、自分で調べて見ようとしたけど"名前"って名前だけじゃさすがに無理だった
「....現場は新宿か....」
「私は先輩みたいに手伝いませんよ」
歌舞伎町で目撃証言があった事は、去年二人の会話で聞こえた事があった
「....そもそも、見つけてどうすんのよ」
と声に出ていた事に気付いた時にはもう遅くて、完全に宜野座さんの耳に届いていた
そんな私に怒る事もせず、窓の外を見つめたまま小さく息を吐いた隣の執行官
「妻が望む物全てを与える」
....なにそれ
しかもまだ"妻"って
いつまで夫婦だと思ってるのよ
「....その望む物が、自分を捨てて潜在犯になった元夫と二度と会わない事だとは思わないんですか」
「それだけは何があっても望まないのが妻なんだ」
「....随分な自信ですね」
まだ自分を愛してくれてると思ってるわけ?
1年も音沙汰無い人が?
「上司としてアドバイスしておきますけど、あまり期待してると痛い目見ますよ。私の推測ですが、既に別の人と新たな人生を歩んでると思います。その為の離婚なんですから」
「....俺を心配してくれているのか?」
そう不意に振り向かれた顔と目が合ってしまい、慌てて否定を突き返す
「なっ!元々二人しかいない執行官を一人失うのは面倒な事になるからですよ!誰が執行官の心配なんて!」
「....そうか、勘違いして悪かった。アドバイス感謝するよ」
「別に...潜在犯の脅威から市民の安全を守るのが私の役目ですから」
「....妻の事は、俺が守る」
再び窓に向かって、あまりにも真剣に呟かれた声にまた苛立ちが募る
....一度現実を見ればいいのよ
そしたら"まだ愛し合ってる"なんて馬鹿らしい妄想から覚めるはず