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「宜野座君....あなた大丈夫なの?」

「大丈夫じゃなさそうに見えるか?」

「見えないから心配なのよ、そっちの常守監視官からサイコパスの記録を見せて貰ったわ」


休憩室でたまたま出会した元同期の青柳
自らの手で恋人を執行した時から約1年半
それでもまだしっかりと監視官という職を勤め上げているのは本当に尊敬する


「ついに200超えちゃったんだって?」

「そうらしいな」

「"そうらしい"って、自分で感じてないの?」

「感じないわけないだろ、セラピーは処置てもらっている」

「はぁ....こんな事言いたくはないんだけど、一度あの子から離れた方がいいと思う。部屋にも私物を残したままなんでしょ?このままじゃ見つける前にあなたのサイコパスが保たないわよ」

「その要求だけは飲めないな」

「そう言うと思ったけど....今度はあなたを執行する事になるのだけは御免よ。もちろん私だけじゃなくて常守監視官も。名前ちゃんだってそんなの絶対嫌なはず」


俺はその言葉に、手にしていたコーヒーを流し込んだ


「....そうだな」


名前と離れてから二度目の夏が終わろうとしている中、最近になって妙な胸騒ぎがする
それも息が詰まるような苦しい物
あいつの限界が近付いているような感覚に、俺のサイコパスは余計悪化している

何の根拠も無いその感情は誰にも解消出来ない
ただ唯一名前が側に戻って来る事を除いて

カウンセラーや常守には毎度申し訳なく思っているが、俺にもどうしようも出来ない
それが20年以上も共に過ごして来て身に染み付いた代償なのだろう


「あなたいつもそうやって一人で抱え込むんだから、たまには感情を曝け出すのも大事な事よ。それともあの子の前じゃないと恥ずかしいの?」

「あいつじゃないと意味が無いという事だ」

「全く....試すだけはしてみたら?」

「お前にか?」

「私じゃダメなの?」

「無理に決まっているだろ」

「あの子だって何とかして欲しいって思ってるわよ」

「残念ながら名前はそんなに寛容じゃない」

「別に触れ合うわけじゃないんだから、何がいけないのよ」

「全てだ」

「....はぁ...、あなたを好きにならなくて良かったわ」

「嫌味か?」

「褒めてるのよ」

「....どういう意味だ?」

「名前ちゃんが幸せ者で私も嬉しいって意味。まぁとにかく、私にドミネーターを向けさせるのは許さないわよ」


"相談ならいつでも乗るから"と出て行った青柳は、相変わらず頼もしい監視官の背中だ


一人残った休憩室で溜息を漏らす

....どこにいる
誰と一緒にいる?
毎日何をして過ごしてる?
ちゃんと食事は得られているのか?

そんな名前に対する不安は尽きる事が無い

....頼むから間に合ってくれ
俺は青柳と同じ事は出来ない
この手であいつを裁くなど....


出来るわけがない






そうやって左手で缶を潰した直後、首輪のように外れない執行官デバイスから鳴り響いた着信音



『宜野座さん、分析室に来て頂けますか?』














「遅くなってすまない、事件か?」


急いでエレベーターに乗って、普段唐之杜のオフィスと化しているその部屋へ立ち入ると、既に一係が全員集まっていた


「はい、家族からの捜索依頼が出されていた男性なんですが、先程東京湾で遺体となって発見されました」

「被害者の男性は枡口憂太27歳、製薬会社に勤める研究員だったみたいね。死因は肺に水が入ってなくて窒息死って事になってるけど....」

「つまりどこかで絞殺された後に、東京湾に遺棄された...?」

「容疑者はいるのか?」

「今洗ってるところだけど、まだ特に怪しいものは見つけてないわ。勤務先である鴻田製薬も大きな会社だし、収入を見る限り生活に不自由はしてなさそう」

「では被害者の身辺調査は唐之杜さんに引き続き任せて、私達は自宅マンションへ向かいましょう」

「はい」


























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「ねぇ、今話題のユメリアって知ってる?」

「えぇっと、飲むと夢心地の様な気持ちに包まれてストレスが解消されるって薬でしたっけ?」


いつものように開店への準備を手伝っていると、女の子の一人が突然そんな話題を持ち出した

そもそもこの建物自体をほとんど出る事が無い私は、名前しか聞いた事が無い薬
新しいメンタルケアサプリだと思うけど


「私の彼氏がさ、実はそれ作ってるの!」

「そ、そうなんですか?」

「....もうちょっと驚いてよ」

「あ、すみません....あまり知らなくて....」

「でもこの間急に、"ユメリアは絶対に飲むな"って言われてさ。それから急に連絡もつかなくなっちゃった、忙しいのかな....。名前ちゃんもいる?いつもお世話になってるから少しお裾分けしてあげてもいいよ」





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