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「全員揃いましたよ、先輩」

「じゃあ新任執行官のお二人は自己紹介をしてもらえますか?」


1年半も四人でやって来た一係は、ようやく新たに執行官を二人迎え入れた
これまで男は俺一人だった中で、今回の人事により丁度男女比が半々になった


「東金朔夜です」

「ひ、雛河、翔...です...」


....二人目は随分ひ弱そうだが大丈夫か?


「ありがとうございます。早速ですが現在一係はとある事件を追っています。簡単に概要を説明しますが、二人は該当の資料をお渡ししましたのでそちらで確認して下さい」

「分かりました、常守監視官」


そう隣のデスクに座った東金執行官が返事をして、捜査会議が始まった


先日、被害者である枡口の自宅へ向かった俺達はそこでデータが全て消去されたパソコンを見つけた
それを現在唐之杜が復元を試みている

その唐之杜が見つけた情報のうちに、枡口がかなり頻繁に歌舞伎町の廃棄区画へ通っている姿をカメラが捉えている、というものがあった

歌舞伎町、廃棄区画
....まさかな

そして職場である鴻田製薬へも聞き込みに向かったが、人間関係に問題は無く勤務態度も良好だった
しかし、1週間ほど前に突然辞職したらしい
理由は特に記載が無くそのまま出勤もしなくなった為、会社側もそれを受理するしかなかった

よって、まだ容疑者を絞れていない


「鴻田製薬と言えば、現在ユメリアというメンタルケアのサプリが大変流行っているようですね」


確かに俺もニュースで見た事がある
その効果に嵌り、リピートして買う人が多いそうだ
....潜在犯である俺にそんな物は必要無いが


「枡口もその研究に関わっているな」

「だから何だって言うんですか?こんなに成功した薬を作り上げたのに殺される理由なんてありません」


霜月は未だに俺が気に入らないらしい
名前が既に濁ってしまっている事を知らない故に、俺という潜在犯から守るべき善良な市民だと思っているからだ

....例えパラライザーでも、名前が撃たれるのは耐えられない

霜月と同じような信念を持っていた元監視官が何を言うとは思うが、あいつが撃たれるくらいなら上司一人に嫌われるくらいどうって事は無い


「ユメリアに関しては、一部で悪い評判もあるようです。やけに喉が渇いたり、眠れない等のクレームがインターネット上で時々書き込まれています」

「先輩、それ今関係ありますか?」

「副作用を引き起こした人物が恨みで殺した可能性もまだ捨てられない。最後に枡口の姿が確認されたのは、遺体が見つかる3日前に自宅に帰った時ですね」

「分析官の志恩によると、その時の枡口の色相は前回の定期検診の記録より数段濁っていたそうです。何かしらトラブルに巻き込まれていたのかもしれません」




それからはこれと言った進展は無く、唐之杜がパソコンの復元を終わらせてその中身を調べてからもう一度整理しようという結論になった

とりあえず自由休憩とされたオフィスで、俺はこの1年半溜めて来た名前の捜索資料を整理する

既に聞き込みをした場所、得た数少ない証言、常守に残された音声メッセージ、スキャナーで判定された色相とカメラに捉えられたタクシーに乗り込む姿

....俺が最後にあいつの声をこの耳で聞き、温もりをこの手に感じたのは、穀物地帯での事件の前日、ここ公安局のエレベーターの中だ

"プラネタリウムで寝ないでね"と俺に忠告した時の表情を今でもはっきり覚えている

....名前はあの外出を本当に楽しみにしていた
それは俺も同じだった
それなのに....



「宜野座執行官、で間違いありませんか?」


突然隣から差し出された手に視線を落とし、


「あぁ」


そこに自らの右手を重ねた
元々狡噛が使っていたデスクに別の人物が居るのはどこか違和感を感じるが、そのうち慣れるだろう


「何故左だけ手袋を?」

「こっちは義手だ」

「なるほど」


最初こそ付け外しですら苦労したが、今ではほぼ身体の一部だ
生身じゃない分むしろ勝手が良い


「おや、ご結婚をされているんですか」

「....妻がいる」


それが法律上嘘でも、俺には真実だ
誰に認められる必要も無い




「ちょっと皆!大変よ!」


そういきなりオフィスに入って来たのはいつも通り白衣を着た唐之杜


「復元が完了したんですか?」

「そうなんだけど....すごいもの見つけちゃった、これ見て」


そしてすぐに画面に表示されたのは大量にカタカナが並んだ文書で、俺にはまるで暗号だった


「例のサプリ、ユメリアの成分表なんだけど....かなりまずいわよ」

「どういう事ですか?」

「このメタンフェタミンって成分、聞いた事ない?」

「毒物ですか?」

「か、かくせ...ざい....」

「....今の雛河さん?」

「な、何でもないっ...です」

「....続けるわね。メタンフェタミンには強い中枢興奮作用や精神依存性などの作用があるの。所謂覚醒剤よ」





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