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「どうだ」
「大ビンゴよ」
唐之杜に秘密裏に呼び出され一人で立ち寄った分析室
「99%名前ちゃんの物。あの子ずっとキャバクラで働いてたのね」
「....」
「....そんな明らかに怒った顔しないで」
「キャバクラだぞ!」
「接客してたとは限らないじゃない」
俺はとりあえずソファに腰を下ろした
溜息を漏らして額に手を当てる
....やっと見つけた
だがそれがキャバクラだと?
どうしたらあいつが廃棄区画のキャバクラなどに行く事になる?
そんな俺の疑問を察したように、唐之杜は"これ"と俺にモニターを見るように促した
「....佐々山?」
「そう、"クラブルナ"ってどっかで聞いた事ある気がして調べて見たのよ。佐々山執行官が生前通ってた場所だったわ」
表示されたのは佐々山の外出記録表で、担当監視官の欄には時々俺の名が、そしてほとんどは狡噛の名があった
「....なんだ、狡噛が名前をあそこに送ったと言うのか」
「自分で行ったんじゃなければね」
「また余計な事を....」
「きっとあの子を施設に行かせたくなかったのよ。慎也君ならあり得るわ」
「....ならあいつはどうやって名前が濁ったと知った?いつ名前を廃棄区画に導いた?タクシーに乗った時も一人だったはずだぞ、狡噛の姿など無かった」
「覚えてないの?ヘルメット。慎也君が槙島を撃ってからヘルメットが使えなくなるまでは二日間あった。その間にあなたの家に行ったのかも。そこであなたが潜在犯に落ちた事や、征さんが亡くなった事を伝えたのは可能性としては充分よ。ほら、2月11日からホームセクレタリーが急に切られてたでしょ?私でも名前ちゃんが自分で切るとは思えないわ」
実際俺も名前を施設に送るのが正解だと思うのかと聞かれれば、全力を持って否定する
....だが他に方法は無かったのか?
狡噛なら何か....
と途端に自身の愚かさに気付き力任せにソファを殴った
「っ!ちょっと、あなた左はダメよ!穴でも空いたら弁償してよね」
俺に狡噛を責める資格は無い
あいつに名前を助ける事を求める事は出来ない
全ては俺自身の罪だ
「....分かった、仕事外の事を頼んですまなかったな」
「...あの子なら大丈夫、あなたが育て上げたのよ。きっと強く生きてるわ」
そう願いたいのは山々だが、落ち着けるはずがない
俺は立ち上がって一度シャワーを浴びる為に自分の宿舎に戻った
もし逃げたのではなく連れ去られていたら?
あの薬を飲んでいたら?
全てが手遅れになっていたら?
こんな時に"最悪"ばかりを考えてしまうのは俺の悪いところだ
どうも"大丈夫"だと思えない
本当に名前を側に戻せるのか?
俺はこのままあいつを失ってしまうのではないかと言う怖気が心を蝕んで行く
だが事件が動いている今表立って行動出来ない
特に霜月の手前では下手な事をするわけにはいかない
焦り畏怖する精神は確実に悪化の一途を辿っている
それを何とか抑えて脱衣所で再びスーツに着替え、手袋の上から指輪を通してリビングに出ると、瞬間香ってきた甘い匂い
まだ外は夕方だが、その香りは既に広く広がっていた
まさかと思い鉢に近付くと、この1年半一度も開花の兆しが無かった月下美人が二つも蕾を大きく膨らませている
仕事の都合で開花は見られないかもしれない
などと思っていると、デバイスに着信で俺を嫌う若い監視官の名前
『例の犯罪組織のアジトが分かりました。早く駐車場に来て下さい』
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嫌、気持ち悪い
何これ
肌の下を虫のようなものが這う感覚
もう無理
やめて
喉が渇いた
眠れない
部屋で見つけた大きなガラスの破片を護身用に持っていたのに、いつの間にか自分を傷付けようとしている
でも力が入らなくて、手首には血が滲むかすり傷が増えていくだけ
全身の震えがずっと止まらない
もう何日経ったのかも分からない
1週間?1ヶ月?1年?
こんなに疲れたと感じるのに、休めない
なんなの
なんで私が
「親方、こちらです」
「へぇ、随分綺麗な顔してんじゃねーか」