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「どうですか?」

「名前ちゃんの方は残念ながらまだ起きてないけど、二人ともサイコパスは安定してるわよ」


名前さんの矯正施設移送の為、霜月監視官とやって来た分析室
モニターに映し出されているのは妻の手を取り優しく頭を撫でる夫の姿


「もしかして、宜野座さん寝てないんですか?」

「当たり前でしょ。むしろ寝たらびっくりよ」

「....それもそうですね」

「名字名前の体内から抗精神病薬などは検出されましたか」


そう唐之杜さんに聞いた霜月さんは、現場で目の当たりにした名前さんの急激なサイコパス改善と悪化を、何かしらの薬による物と疑っているらしい

私も初めて見た時は驚いたし、霜月さんが"信じられない"と言う気持ちは分かる
でもそれがこの夫婦の"相性"なんだと思う


「例の覚醒剤ならあったけど、他に薬物は見つからなかったわよ」

「....あり得ない、絶対何かあるに決まってる」


"....美佳ちゃんどうしたの?"と耳打ちして来た唐之杜さんも私と同様に、目の前に表示された二人の犯罪係数と色相が全く同一な事に疑問を感じない
そこで私は簡潔に事情を伝えた


「....324だったのに、今じゃ140....?」


呟きではあるけど完全に声が漏れてる霜月さんは、それ程論理の通る説明を求めているんだろう


「それから名前ちゃんの隣に横たわってたって言う男性だけど、あの犯罪組織のリーダーで間違い無くて、腹部に深い外傷を負って出血多量で死亡。名前ちゃんが刺したので間違い無いはずよ」

「それなら名字名前は!

「もちろん性的暴行の跡も見つかったわ。と言っても鎖骨あたりにあの男の唾液が付着してただけだけど、朱ちゃん、いけるでしょ?」

「はい、充分に正当防衛だと判断出来ます。霜月さんは気にしなくて大丈夫よ。今回の件の報告書は私が書いて、全責任を負うから」

「.....」

「宜野座さんには?」

「伝えられるわけないじゃない。多分覚醒剤も無理に飲まされたんだろうし、その上性的暴行まであったとすれば、いくらそれが最悪の域まで行ってなかったとしても彼なら発狂しかねないわよ」

「分かりました、私から伝えておきます」

「え、朱ちゃん?」

「宜野座さんは全て知りたいはずですから。その上でどう名前さんに接するべきかを考えると思います」

「....全く、どうなっても知らないわよ?それより心配なのは名前ちゃんの薬物依存ね。そこまで落ちてなければいいけど....公安局の手を離れたら私も手伝えないわ」

「大丈夫ですよ、名前さんなら」


どんなセラピーや治療も名前さんにはきっと必要無い
さすがにもう犯罪係数が100を下回る事はないかもしれないけど、二人はお互いが一番の"安心"


「ねぇ、朱ちゃん....もう少し待ってあげられない?私の予想だとそろそろ起きると思うから」

「ダメに決まってるじゃないですか!いくら先輩でもこれ以上の誤魔化しは私が見逃しません。名字名前は歴とした潜在犯です!このまま放置していい理由などありません!」

「霜月さんは私を心配してくれてるのね」

「先輩の行動には多くの問題が見受けられ、いずれ大きな問題に発展します。その時になって後悔しても遅いんですよ。一度300オーバーをマークした潜在犯なら、目を覚ました後再度暴れる可能性もあります。そしたら、施設に送るべき潜在犯を監視官が匿っているなんて、どう隠し通すつもりですか」

「唐之杜さん、名前さんは現在治療を止められる状態にありますか?」

「栄養剤を点滴で打ってるだけだから大丈....そういう事ね。いいわ、私に任せて」

「お願いしますね」

「は?ちょっと、どういう事ですか!」

「名前ちゃんは今危篤状態よ。一瞬でも医療器具を外したら死んじゃうかも。だからあと4時間は動かしちゃダメね。医師免許を持つ私が言うんだから間違い無いわ」

「....まさか診断書を偽造するつもりですか!違法行為ですよ!先輩、いくら二人が元夫婦だからってこんな処遇バレたら

「二人が夫婦だからじゃない。このまま施設に送れば、名前さんのサイコパスは必ず悪化する。最後に見たのが目の前で夫が撃たれた光景なら、それこそエリミネーターが適用されるレベルまで上昇する可能性も否めない。局長や矯正センターへの対処は私が行うので、霜月さんはユメリアに関する公表文書の作成を引き継いで下さい。名前さんは私達が出来る限りを尽くして救います」

「あ、ほら!そんなこと言ってる間に起きたわよ!また子供みたいにすぐ抱き付いちゃって、相変わらずあの二人は親子なのか兄妹なのか....いや夫婦だったわね」


飛び付く勢いで自身の首元に腕を絡めた名前さんの背中を、小さい子をあやすような手付きでさする宜野座さん
その様子に分析室の空気まで温かくなる


「....私はオフィスに戻ります」


やっぱり二人に謝りたくないのかな
そう一人出て行った霜月さんを私も止める事はできない


「また結婚するのかしらね」

「名前さんが羨ましいですよ。大好きな人と二度も幸せを共にするなんて普通ありませんから」

「....でもあと4時間で今度こそ離れ離れよ」

「宜野座さんは後先考えずに行動する人じゃありません。何か考えがあるんだと思います」





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