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....常守に釘を刺されておきながらも、結局こうなってしまった



名前の様子からその"罪"を察した俺は、何度も"落ち着け、責めていない"と罪悪感から泣き続ける名前を宥めようとしたが、どうにもならなかった

それ程思い詰めていたんだろう

『嘘つかないで」
『本当は傷付いてるの分かってる』
『そんな簡単に許さないで』
などと悉く俺が抑え込みたい感情に泣き付かれ必死に耐えようとしていた時に、追い討ちを掛けるようなメッセージが常守から送られて来た

その内容は元より聞かされていた名前の覚醒剤服用と、軽度の性的暴行を加えられた証明
以上から男性への殺傷行為は正当防衛だったと認めるとする資料だった



....もう仕方ない
互いの為にこうするしかなかった


1年半ぶりに触れ合った熱に、俺達は口を開けば何度も変わらぬ愛を伝え合った


結果として残り2時間となった中で、より一層離れられなくなってしまった事が唯一の失態

毛布の下、隙間無く密着する体温にこの1年半がまるで夢だったかのように感じる


「....すごい、見間違える程大きくなってる。本当に頑張って鍛えたんだね」

「狡噛にはまだ劣る」


俺の胸をなぞるように手を当てて来た名前に既に狡噛の名を出せるのが、互いにもう平気だという証拠
....それだけ俺達は確実にそれぞれの罪を分かち合えた


「義手....痛くないの?」


シャツを脱いで初めて名前に見せた瞬間は、明らかに驚いていた
親父がそうだったから慣れているかと思いきや、腫れ物を扱うかのように慎重に触れて来る


「本物の腕より丈夫だ。そんなに怖がらなくていい」

「そ、そうだけど....」

「それよりこの1年半の間の話を聞かせて欲しい、どんな些細なことでも知りたい」

「うーん....廃棄区間、悪い人ばかりじゃなかったよ」

「全く....あれだけ近付くなと言っておいたのに、狡噛に示されたら行くんだな」

「狡噛さんは悪い人じゃないって言ったのは伸兄だよ。実際....いい場所だった。私のせいで皆....殺されちゃったけど....」


そう語った名前を少しでも不安にさせないように、更にきつく抱き寄せる

....引き金を引いた霜月には、これから強く当たらないように気を付けなければいけないな
監視官として何も間違った事はしていない


「本当に接客はしていなかったのか?」

「うん、狡噛さんが話しておいてくれてたんだよ。もしまた会えたら感謝しなきゃ」

「....そうだな」

「....秀君は....?」

「あいつは....きっと親父と一緒に酒でも飲んでるだろう」

「....そっか....青柳さんは元気...?」

「あぁ、さすが監視官だ。まだ二係で指揮している。お前とのバレンタインの約束を破った事を後悔していた」

「そんな...しょうがないよ」


1年半という月日を埋めるのに尽きる事の無い"知りたい"欲
俺が思っていた以上にありとあらゆる事情を知っている名前に、狡噛は全て教えたのかと理解する


「そう言えば伸兄、....常守さんと何かあった?」

「....どういう意味だ?」

「何かすごい....仲良くなってる」


そのやや塞ぎ込んだ声に"まさか"と思ったが、名前に限ってそれは無い
これだけ理解し合っておいて俺を疑うはずがない
直に触れる肌から少し早くなった鼓動が伝わる


「....この状況でよくそんな事が言えるな。あるわけないだろ」

「狡噛さんが、伸兄が浮気したら思いっきり殴っていいって言ってた」

「....またあいつは余計な事を」

「私、伸兄より嫉妬深いからね?」

「馬鹿を言え、....あり得ない」

「....キスして」








それから俺達は非現実的な夢を見た気がした
甘くて心地の良い幸福に浸り、それが永遠に続けばいいとどんなに願った事か




だが、しばらくの沈黙の後名前はついに口を開いた


「....私、やっぱり施設に行くの....?」

「....心配するな、毎日会いに行く」


時刻は11時半になろうとしている
露わな背中から聞こえて来るのは鼻をすする音


「....泣くな、名前....大丈

「さっき常守さんが言ってた12時って、私が施設に連れて行かれる時間?」

「....名前

「嫌だ!行きたくない!やっと会えたのに....もう二度と離さないって言ったじゃん!」


そう感情を素直に漏らした名前に、俺は何も出来ない
結局シビュラに抗う事など不可能だ


「行かせないって言ってよ!」

「....名前、俺を信じろ」









必ず迎えに行く





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