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12時少し前にオフィスにやって来た例の二人は、本当に夫婦なのかと疑問に思う様子だった

いつも通りスーツ姿の宜野座さんと、どこから貰って来たのか私服姿の元妻
潜在犯のくせにこの期に及んで"嫌だ"と元夫に泣き付き、それを宜野座さんが抱き締めたり頭を撫でたりして宥める始末

....子供かよ
それはどう見ても夫婦と言うより親子

先輩も無理に引き離さず、ずっと黙って後ろから見守っていた

弥生さんが"本当変わってないわね"と呟いた直後、名字名前の口から聞こえたのは衝撃的な言葉

『伸兄も一緒に来て』

は?
誰?兄?
と奥のデスクで一人疑問に思っていた私に届いた次の声は

『無理だ、仕事がある。....はぁ、大丈夫だ名前』

....なに、まさか兄妹?
訳が分からなくなった私は、こっそり弥生さんに質問をぶつけた
すると弥生さんは少し笑って

『一係に配属になった人は誰しもが通る道ね』

と答えにならない返事をした
結局先輩が宜野座さんに、駐車場まで見送る事を提案して3人はオフィスから去って行った



....なんなの、あの二人
名字名前の方も指輪を付けたまま
理解不能なサイコパスの改善
シビュラを介さない職場恋愛....だったはずが今度は兄妹の疑惑
全く意味が分からない

そう呆然としていた私に声をかけて来たのは東金朔夜執行官


「先程の女性、昨晩の事件で確保された潜在犯で間違いありませんか?」

「....そうですけど、それが何か」

「かなりイレギュラーな人物のようで、少し気になっていました。ドミネーターに不具合は無かったのにも関わらず、通常では考えられない犯罪係数の変遷。確保後、直ちに矯正施設に移送されるはずが、今まで公安局にいた様子。そして何より、宜野座執行官と深いご関係のようだ。彼女は一体何者なんです?」

「....こっちが聞きたいわよ」


無性に苛立つ
私が何もかも間違っていたと言うの?
厚生省が善として引き離した人間なのに、先輩まで一緒に居させる事に尽力して
シビュラの判断通りに引き金を引いた私が潜在犯に謝罪?
納得出来るはずない


「私が説明します、きっと宜野座執行官は何も言わないつもりでしょうから」

「や、弥生さん....」


"そのせいで当時は、常守監視官にも誤解されていました"と本人が居ないこの空間で話し始めた弥生さんに、聞いてるかどうか分からない雛河以外は耳を傾けた


「私も人伝いで聞いた話なので正確さは保証出来ませんが、大筋は合っているはずです」


....どんだけ自分の事話さないのよ
先輩も誤解してたって、それなら私に誤解されても自業自得じゃない


「まず、名前さんは幼い頃にご両親を亡くされその顔も覚えていないそうです」

「事故ですか?」

「心中だと聞いています」


し、心中....?


「その後2年程はご親戚と暮らしていたようですが、あまり歓迎されていなかった事に気付いた宜野座さんの父親に引き取られ、それが今のお二人の出会いです」

「....じゃあ、兄妹じゃないって事ですか?」

「はい、養子縁組も組まれていないはずです」


"シビュラの判定で出会ったわけじゃない"って....こういう事だったの?


「それからしばらくは宜野座さんの両親と共に4人で平穏な日々を送っていたそうですが、数年も経たないうちに今度は宜野座さんが複雑な事情でご両親を失い、以来お二人で支え合いながら生きて来たそうです」

「複雑な事情....って何ですか?」

「それは私からはお話しできません。宜野座さんご本人に聞いてみて下さい」


そんな事言われても直接聞けるわけない
....先輩の話じゃ私は恨まれてるだろうし


「....そんな幼少期から一緒の二人がどうして結婚したんですか?」

「それも私には答えられません。きっと当人である二人以外誰にも理解出来ない理由だと思いますよ。ただ、ご結婚されたのは霜月監視官が一係に配属された約5ヶ月前でした」

「なるほど、あの女性が妻でしたか。つまり昨晩彼女のサイコパスを操っていたのは宜野座執行官という事ですね?」

「それはあり得ません!他人のサイコパスを操るだなんて不可能です!」

「....霜月さんの言いたい事は分かるわ。でもそれがあの二人の相性なのよ。どんなセラピーや治療、サプリでもコントロール出来ないサイコパスを唯一落ち着かせられるのが互いの存在。あなたが昨夜見た光景は全て疑いようの無い現実よ」

「....愛する夫さえいればシビュラシステムをも覆す。非常に興味深い」





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