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「....本当にすまないな」

「大丈夫ですよ、名前さんは私が責任を持って施設へ送って来ます」


あれだけ嫌がる名前さんに冷静に対応していた宜野座さんも、さすがに寂しそうな表情

....それもそうだ
1年半も探し続けて、たったの1日も一緒に居られない
私にはその計り知れない苦しみを察してあげるしかない

名前さんは既に後ろの護送車の中で、泣いてはいるものの何とか落ち着いている
....扉を閉める時はかなり大変だった


「....結婚の手続きにはどれくらいかかる?」

「全て改変されるには3日はかかると思います。潜在犯同士のご結婚ですとやはりどうしても一般市民のようには行きませんから....」

「名前はきっと今でも自分が"宜野座"だと思っている。廃棄区画に逃げ込んだのもそれが原因の一つだろう。だが結局実は姓を戻されていたと知ったら、あいつは間違いなく色相を濁らせてしまう」


宜野座さんは相変わらず何よりも名前さんの事を最優先に考えてる
その美しい愛情は私ですら羨ましく思える

今思えば、監視官として一係にやって来た当初はかなり宜野座さんに迷惑をかけてしまった
勝手に正しいと思い込んでいた正義で名前さんを振り回し、何度も助けようとしていた宜野座さんを押し除けた

結局、私達の常識が二人には通用しないのが分かったのは、私が無理に連れて行ったカウンセラーで目の当たりにした異常事態がきっかけ
....あの時の宜野座さんの焦りと怒りは、今でも忘れられない
後にも先にも、あれ程の"本気"を私は見た事が無い

それについては未だに完全には許して貰えてない気がする
その償いとして、私は出来る限り名前さんの幸せを叶えてあげたい

狡噛さんも願った名前さんの幸せ
でも私が思うに、それは隅々まで宜野座さんに依存してるわけじゃない
だからこそ宜野座さんも、あれだけの摩擦があっても狡噛さんと名前さんを引き剥がそうとはしなかった

狡噛さんの存在も、名前さんにとっては幸せの一部だから


「宜野座さんはどこまでも名前さん思いですね、そしていつも正しい」

「....急にどうした?」

「私も女ですから、そんな風に思われてみたい願望はありますよ。でも誰を好きになるとしても、宜野座さんだけは駄目ですね」

「....似たような事を青柳にも言われたんだが、俺は客観的に見てそんなに酷い男なのか?もしそうなら名前の体面にも悪い」


"直すべき点があるなら正直に教えてくれ"と言う言葉に思わず笑ってしまう
本当に名前さんと仕事の事以外は驚く程に盲目だ


「な、何がおかしい....?」

「いえ、そういう所が宜野座さんの魅力なんでしょうね。すごく素敵ですよ」


困惑した表情が、やっぱり本当は兄妹なんじゃないかと思う程名前さんにそっくり


「分かりました、姓の件は矯正センターに伝えておきます。ご結婚に関しましても出来るだけ早く手続きをしましょう」

「それは有難いんだが、大丈夫か?これ以上迷惑をかけるわけにはいかない」

「そう思うなら絶対に名前さんを幸せにしてあげて下さい、悲しませたら狡噛さんの代わりに私が許しませんよ?」

「冗談でもあり得ないな」

「じゃあ外出許可申請、出しておいて下さいね。どうしても忙しい時は二係の青柳さんにもお願いしておきますから」

「....霜月じゃないのは気を遣ってくれているのか?」

「霜月さんを前にしたら、宜野座さんは抑えられても名前さんが我慢出来ずに怒っちゃうかもしれませんよ」

「....それもそうだな。前にあいつが公共の場で男に掴みかかった時は、俺がどれだけ焦った事か....」

「もしかして、宜野座さんに関する事だったんじゃないですか?」

「....言いにくいんだが....実はその通りだ」


そう言う宜野座さんも、名前さんより多少制御が上手なだけで実際は大して変わらない
槙島によるヘルメットの暴動が起こっていた最中、"取り調べを変わってくれ"と呼び出され録画されていた映像を見ると、宜野座さんが対象の襟を掴んでいた事があった
調書には名前さんへの暴行の詳細が書かれていて、私はすぐに事情を察した

"お互いがお互いに代わって他人に怒りを露わに出来る"というのは、私はとても尊いものだと思う
それ程大切で仕方ないって事だから


「....最後にもう一度触れ合っておきますか?」

「....これはまた残酷な誘いがあったもんだな」

「次はいつになるか分かりませんよ?」


なかなか首を縦に振らない宜野座さんの感情は分かってる
でもあんな苦しそうな名前さんをこのまま施設に入れるのは私も心が痛い
....せめて別れ際くらいは....と考えるのは二人を知る人なら分かってくれるはず

きっと、狡噛さんだってそうする

私はそんな思いで、宜野座さんの返事を待たずに扉を開けた






普段人目を気にする宜野座さんが、私の目の前で名前さんを強く抱き締め口付けを交わす

その様子に全くいやらしさは無く、二人して綺麗な涙を流す光景にこれが愛なんだなと体感した気がした






デバイスで時間を確認するともう12時半になりそう
施設の方に怒られちゃうかな

....それくらい、名前さんのあの笑顔に比べたら安いものですよね、狡噛さん





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