▼ 245
白に覆われ温かみが無く、とても広いとは言えない部屋
せっかく着て来た私服を脱がされ、淡い水色のパジャマのような服を着せられた
ガラスの向こう側に見える部屋はどれも同じで、格好も私と同じ
ここで伸兄も、狡噛さんも、秀君も、六合塚さんも
皆過ごした事があるんだ....
部屋のテーブルには最初から花瓶が一つ置いてあって、そこには見た事ある白い花が挿さっている
....確か、アザレア
「....あなたに愛されて幸せ....」
明かりを消した一係オフィスで膝の上に抱き抱えられて調べた花とその花言葉
私を理解し尽くした絶対的な優しさが、ここでは唯一の光
結局私達は写真を撮る事は無かった
せっかく作ったドレスもタキシードも、お店の人に処分されちゃったかな
お父さんには、写真が出来上がったら最初に見せるって約束したのに....お墓参りにすら行けない
お父さん、お母さん....ごめんなさい
伸兄が、一人になっちゃった....
"支えてあげて"ってお母さん言ってたのに....
そうやって卑屈になる度にアザレアを見て、少ししてまた落ち込んで
そんな事を繰り返しているといつの間にか消灯していた
眠れない
1年半も一人で寝て来たのに、どうしようもなく寂しい
今朝、お互いが抱え続けたそれぞれの罪を昇華するように強く抱き合ったのが嘘みたい
全身で確かに強く送り込まれていた"愛"を感じていたのに、思えばその前は恐怖で頭が真っ白になって....
この手で人を殺してしまった
もう何が何だか分からなくなっていた時に目の前に現れたのは、何よりも欲していた存在
最初はとても信じられなかったけど、自然と自分が落ち着きを取り戻して行ったのが分かった
....なのに、急に私に倒れかかって来た身体からは何の反応も無くて....
それから次に目を開けた時はすぐ横に無事な様子の伸兄がいた
ガラス片が皮膚を突き破る感覚に手が震えた瞬間からこの部屋で再び一人になるまで、全てが一瞬で夢のようだった
....本当にダイムに触れたんだよね?
伸兄の義手に驚いたよね?
布団の中でこの1年半の隙間を埋めるようにいろんな話をしたよね?
全部覚えてるのに現実味が無い
....でももうそれも二度と訪れる事は無い
"信じろ"って、信じてないわけじゃないけどここから私は出られない
どれだけ手を伸ばしても、一生数ミリメートルの厚さのガラスに阻まれる
それが嫌でずっと避けて来たのに....
伸兄には何が見えてるの....?
何を根拠に"大丈夫"って....
「っ!」
『おはようございます、起床の時刻になりました。潜在犯の皆さん、今日も一日色相浄化に努めましょう』
突然点いた明かりと館内放送
窓が無いこの部屋では時間感覚が掴めない
さっき消灯したばかりだと思ったのにもう朝....?
仕方なく起き上がってカーテンだけで仕切られた水場で、歯を磨いたり顔を洗ったり
....これが、毎日続くの...?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「早速お前なのか、常守だと思ったんだが」
「失礼ね、私だって名前ちゃんに会いたいのよ。見つかったって昨日知らせを聞いた時にはもう施設に送られちゃってたし」
夕方頃、同じ当直で勤務を終えた俺は常守の代わりにやって来た青柳の車に乗り込んでいた
「また結婚することにしたんだって?」
「当たり前だ、だが名前の前でその話はするな」
「何?サプライズでもするつもり?」
「逆だ、あいつは離婚した事すら知らない。気付かれないうちに名字を重ね直したい」
「もったいない事するのね。せっかく2回もあなたからプロポーズされるチャンスをあの子は手に入れたのに。....そもそもプロポーズしたんだっけ?」
「...."して欲しい"と強請られた」
「....想像付かないわね、宜野座君がプロポーズだなんて」
「....俺を何だと思っているんだ」
「"そんな形式的な物に何の意味がある"ってロマンチックな欠片も無い事言いそうじゃない」
その的確過ぎる図星に、俺は返す言葉も無く窓の外を眺めた
実際確かに何の意味も無いとは思う
それを以って愛が深まるわけでも、永遠が確約されるわけでもない
ただ、名前が望むならしない理由も無い
「女の子にとって愛する人にプロポーズされる瞬間って、大きな幸せに包まれるものなのよ。いくら離婚されてたって知ってもまたプロポーズされれば、悲しみより嬉しさが勝つわよ」
「その為にわざわざこの1年半が"独り"だった事を突き付ける必要は無いだろ」
「....まぁ、私が体験してみたいだけなのかもね」
そう嘆いた青柳に途端に申し訳なくなる
俺達は同じように、絶対に向けたくなかった人物にエリミネーターの銃口を向けた
だがその引き金を引けた青柳と引けなかった俺とでは、背負った重みが違う
確かに青柳は監視官として執行しなければならない責務があった
....結果パラライザーは撃ち込まれたものの、いくらシビュラの判断だとしてもエリミネーターにモードチェンジされたドミネーターの引き金を俺が引く、又は霜月に引かせていたら....考えられもしない
「....こんな事を言うべきじゃないとは分かっているんだが、次へ進もうとはしないのか?」
「一歩も進まなかったあなたには言われたくないわね」
「....そうだな....すまない」
「いいのよ。私は名前ちゃんの幸せを自分の事のように思ってるから。でも本当にどうするつもり?このまま一生毎日施設に通うの?」
「言っただろ、あいつは俺が育てたも同然だ」
「だったら何なのよ」
「青柳....お前の事を信用している」