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「名字名前の面会をお願いします」


そう刑事手帳を見せた青柳の背中をついて行く
思えばここも1年半ぶりか....
何一つ変わっていなく、本当にメンタルケアの効果があるのかと疑いたくなるような施設

通された面会用の部屋
中央を大きなガラスで仕切られた前には椅子が二つ用意されていて、そこに青柳と共に腰掛けた


「ただ今連れて参りますので少々お待ち下さい」


青柳に手渡されたカルテが、そのまま今度は俺に渡される
表紙を開くと氏名欄には、"名字(宜野座)名前"とまるでミドルネームかのように俺と同じ姓が記載されていて、常守の仕事の早さに驚いた

常時観測されているサイコパスの記録は、ある一定の周期で上下を繰り返していて与えられたサプリも服用していないとの事


「名前ちゃん、薬物依存に陥ってる危険性が高いって聞いたけど?」

「大丈夫だ、あいつはもう薬物に侵されていた事すら忘れているくらいだろう」

「そう簡単に断ち切れるわけないじゃない。あなた達が担当したあの事件、今巷の病院がどれだけ大変な思いをしてると思ってるのよ。覚醒剤自体元々はその苦味や効果が弱まるという理由で口から服用する事は殆ど無いそうよ。それを鴻田製薬の研究が功を制して"あのサプリ"が出来た。おまけに効果は弱まったどころか、反対に倍増させたらしいわ」

「こっちの捜査資料を読んだのか」

「当然でしょ、これでも監視官なんだから」

「そこまで疑うならこれを見ろ」


施設に入れられる際に名前が受けたであろう健康診断の結果
検査項目は多岐に渡っているが、手首の傷を除いて全てが問題無しとされている


「....どんな手を使ったのよ、まだ何の治療もしてないはずじゃなかったの....?」

「どんな手も使っていな

「伸兄!」


そうガラスに張り付く勢いで駆けて来た名前に


「本当に元気そうね!安心したわ」


と反応した青柳とは反対の印象を受けた俺は、見えているものが違うとでも言うのか

....さすがに一睡もしていないのはこの先名前の健康と精神状態に影響が出る
だが睡眠導入剤と言ったような薬は服用させたくない


「あ、青柳さん....お久しぶりです」

「あの時はごめんね、バレンタイン一緒に作ってあげられなくて」

「いえ....そんな....」

「名前、横に受け取り口が見えるか?」

「えっと....うん、あったよ」


俺はそこから持って来たドレスと新しい花を入れた
昨日は白いアザレアを常守に頼んで用意したが、今日は鈴蘭を持って来た
どれだけ色相を濁らせても、名前はいつも白が似合う
....と言ってもこの施設は似合っていないが


「あ、鈴蘭!やっぱり部屋のアザレアも伸兄だったんだね」

「....花を贈るなんて、あなた意外とロマンチックなところあるのね」

「....そういう意味で贈っているんじゃない」


柔らかな笑顔で鈴蘭を抱えた名前は、丁寧にテーブルの上に置いてもう一つの布製の袋を手にした


「こっちは?着替え?」

「開けてみろ」


1年半大事に保管して来た
当時のサイズに合わせて作ったが、今でもぴったりなはずだ


「....え...なんで....?これ、あの時の....」

「あぁ、もう一度着てくれないか?」


ガラス越しだが嬉しそうに笑った名前に、何もかもが報われた気がする
どんなに辛く暗かった日々も、この為だった


「ってちょっと名前ちゃん!ここで着替えちゃダメよ!一応カメラもあるんだから!」

「あ、す、すみません....」


名前が躊躇なく脇腹の紐を解いた様子に慌てて青柳が言葉で制止し、一度部屋に戻って着替えて来る事を勧めた

"すぐ戻って来るね"と人が居なくなったガラスの向こう側


「....名前ちゃん、あなたの前であんなに普通に着替えるの?」

「それが何だ」

「....小さい頃から一緒で夫婦にもなった事は分かってるけど....あなたも恥ずかしいと思わないの?」

「俺が着替えさせる事もあるんだ。思うわけないだろ」

「....全く、それでよく色情を抱けるわね」

「....それとこれとは別だ」

「はぁ....」

「一つ頼みがあるんだが、施設の担当者に、毎晩消灯前名前の部屋に一杯ホットココアを届けて欲しいと伝えてくれないか?」

「いいけど、どうしてまたホットココアなんて」

「あいつは夜眠れていない」

「....なんで分かるのよ、普通に元気そうだったじゃない」

「....とにかく頼んだぞ」


それから面会室の外で待機していた職員に青柳がココアの件を伝え、再度隣に腰を下ろした時に丁度ガラスの反対側で扉が開く音がした



....あの時と違い化粧も髪も手を加えられていないが、それでも



「....ど、どう?」



何も変わっていない
変わらずに全てが美しい
...."心が奪われる"とはこういう事なのだろう



「....綺麗だ」



その美しさに立ち上がり手を伸ばして触れるのは透明の壁
いっそ左で殴れば割れるんじゃないかと物騒な事を考えてしまうが、監視官として同伴してくれている青柳の立場よりも、割れた破片で名前を傷付けてしまうかもしれない恐れで制御する

そんな時に背後の扉がノックと共に開き、"残り10分です"と声が聞こえた


「....だそうよ、宜野座君」


俺は再び受け取り口から、今度は目に映るドレスの製作をした店のカタログを印刷した物を送った


「....タキシードのカタログ...?なんで?捨てちゃったの?」

「....昨日見ただろ」


青柳もいる前で"何を"と自分で言うのは気恥ずかしく、何とか名前に察してもらいたいと思っていると


「そ、その....つまり、きついって事....?」


分かり易過ぎる言葉が返って来た


「....まさかあなた達もう....いや、いいわ。1年半も会ってなかったならそうよね....」

「....だから名前、また選んで欲しい」


これで施設で過ごす時間の中に、一つ目的を持たせる事が出来る
少しでも寂しい気持ちを紛らわせられればと思ったが、快く了承した名前に俺の思いは届いたと確信する


「....明日も来るよね?」

「あぁ、約束する。何か欲しい物はあるか?」


ここで購入申請するよりも、俺が公安局で常守に頼んだ方が早い
....とまたあいつに迷惑をかけてしまう事に気付くが、それだけ俺は気が回らないのかもしれない

....もしかして常守が言っていた俺がダメだと言うのはそういう事か?
どうしたら直せるのか....


「....わがまま言っていい?」

「今更聞くのか?」


これまでだって名前のわがままは出来るだけ聞いて来た
それは名前自身が最も自覚があるはずだ


「その....ジャケット欲しい....」

「ジャケット....?」

「スーツ、予備あるでしょ?」

「....名前ちゃん、可愛いのか変態なのか分からないわね....」





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