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「宜野座執行官」
矯正センターから公安局に帰って来て、トレーニングルームで走っていたところでそう呼ばれた
マシーンを止めてから振り返ると
「一本どうです?」
そこに居たのは同じくトレーニングウェア姿の東金朔夜執行官
「いや、俺は吸わない」
差し出されたタバコは"見覚えある"どころじゃない銘柄
SPINEL
佐々山と狡噛が吸っていた物と同じだ
名前が施設に隔離されてから5日
2日目以降必ず大き過ぎるスーツのジャケットを羽織って出て来る名前は、カルテを見る限りサイコパスも初日より大幅に安定し、顔色もかなり良くなっていた
そして今日、
「ご結婚おめでとうございます」
人生二度目の結婚を果たした
一度きりだと思っていたものが、まさかこんな事になるとは....
名前は知らないが、俺達は事実上バツ1だ
「常守監視官から聞きました。本当は離婚されていたんですね」
「すまないな、騙したつもりはないんだ」
「それ程奥様を大事にされているという事。同じ男として尊敬しますよ」
「....やめてくれ」
フェイスタオルで汗を拭いて、側に置いておいたペットボトルの水で水分補給をする
今の俺には耳が痛い言葉だった
というのも、俺が眼鏡を外し前髪も切ったという事に名前は今日ついに触れた
"家だと眼鏡してなかったから"が気付かなかった理由らしい
前髪についても、"短い方が今まで何倍も長く見てる"と
....あれだけ"眼鏡を外して欲しい"、"顔が見たい"とせがんで来ていたというのに....
『常守の方がよっぽど反応してくれていた』
と言ってしまった俺が悪かった
その直後から明らかに不機嫌になった名前は口数が減り、最後には
『お腹空いたから帰る』
と振り返りもせずに面会室を出て行った
隣で同伴してくれていた常守には"せっかく本日ご結婚されたのに私のせいで...."と謝られ、俺もどう状況を説明すればいいのか分からなかった
「...はぁ...」
....明日どうする
直接触れられない今、出来る事が限られている
なんとかしてあいつの無意味な嫉妬を解消しなければ
「こんなめでたい日に悩み事とはいけない」
「....そんな見て分かるほど落ち込んでいるか?」
「実は元セラピストなんですよ。奥様と喧嘩でもされましたか?」
「....俺の一方的な過ちなんだ、妻に過失は無い」
「なるほど、喧嘩ではなく怒らせてしまったと。まずは素直に謝罪する事をお勧めしますが....」
「.....」
もちろん謝った
『名前、すまなかった。俺がそんな事を意味したかったわけじゃないのは分かっているだろ』
『....だから?』
『....俺はお前が
『いいよ、もう....』
『....名前、余計な意地を張るな。俺がどれだけお前を思っ
『お腹空いたから帰る』
『なっ、待て、名前!』
とどれだけガラスに向かって叫んでも意味が無かった
名前はいざとなると、頑なに素直になろうとしない
....それでも完全には自我を抑えられないところがあいつの甘さだ
今日も俺の呼びかけを無視して退室して行ったが、着込んだジャケットの袖は掴んで離さないでいた
「効果が無かったようだ」
「....その通りだ」
「女性とは難しいものです。私達とは完全に異なった思考をする。ですが、一般的に共感を得たいとする傾向があります。無理に何が正しいかを伝えるのではなく、奥様の気持ちに寄り添ってあげるのも一つの方法です」
名前の感情は充分に理解している
だからこそ俺までもが苦しい
あいつはあいつで、"どうしよう"と葛藤しているはずだ
俺にも常守にも変な意図は無いと分かっているが、止められない
俺は空になったペットボトルを押し潰した
「先日オフィスでお見受けした様子だと、奥様はあなたにかなりの信頼を寄せているようだった。これまでにそれを裏切った事は?」
「....俺が潜在犯になった事だな。それと、昔一度すれ違いがあったが....解決済みだ」
「その時の奥様のサイコパスは如何でしたか?」
「....濁ったが、今の話と関係あるのか?」
「いや、ただの個人的な興味ですよ」
そうタバコの煙を吐いた東金に、懐かしい匂いを感じる
....今頃どこで何をしてるだろうか
次会ったら絶対に一発殴ってやる
「変な話に付き合わせてしまって悪かったな」
「気にしないで下さい、声を掛けたのはこちらですから。奥様と仲直り出来る事を祈ってますよ」