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「....もう....」
毎晩運ばれて来るココアの甘い香りに包まれる部屋の中、布団とさすがにもう香水の匂いが消えたジャケットに一人くるまる
やっちゃった....
分かってるよ
伸兄の言葉に別の意味は無かったって
私の為でもあっただろうに、その私が良い反応をしなかったからちょっとガッカリしただけだって
常守さんも別に伸兄とどうなりたい訳でもないって
....全部分かってる
でもダメだった
何だか私の知らない事を常守さんが知ってるような感覚で突如抱いた劣等感
ただ仕事なだけ、それ以上でもそれ以下でもない理由でいつも伸兄の隣に居れる
私はもう二度と触れる事も出来ないのに
声だってスピーカーを通してでしか聞こえないのに
何故かあの一言だけで、全てが純粋に羨ましくなった
この5日間、毎日短いけど会いに来てくれる時間と持って来てくれる新鮮な花、壁にかけたドレスを眺めながらカタログをめくる事が確実に私の心を落ち着かせて来ていた
....でもそれらが急に辛い
毎日会いに来てくれてどうなるの?
ここから出られるわけじゃない
増えては枯れていく花も伸兄の代わりにはならない
例え私がタキシードを選んでも一緒に写真を撮れるわけじゃない
....むしろそれをまた、常守さんと一緒に取りに行くんでしょ...?
最低だ、私
あんなに常守さんにお世話になっておいてこんな嫉妬
狡噛さんの時もそうだった
私がどう足掻いても得られないものを持ってる
比較しても意味無いの分かってるのに
伸兄は私を見てくれてる
愛してくれてる
もういっそ伸兄も私に囚われてないで別の人を探した方がいいと思うのと同時に、そんなの絶対に嫌だと溢れる感情
....私には伸兄しかいない
皆居なくなってしまった今、尚更そう
でも...
どうしたら良いのか分からない
....どうしようもできない
私はずっとここで、一人なんだ....
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「現在面会を拒否されています」
今日も連日のように花束を抱えた宜野座さんと施設へやって来たけど、名前さんはまだ怒ってるのかな....
「....カルテを見せて欲しい」
そう申し出た宜野座さんに、職員は無言で監視官である私を見た
「お願いします」
あんな名前さんは初めて見た
宜野座さんと居る時はいつも本当に幸せそうで、お互いを深く理解し合う二人だからこそ縺れなんて無いと思ってた
昨日公安局へ戻る道中で責任を感じ謝っていた私に、宜野座さんは"大丈夫だ"とただ小さく呟いた
「お待たせしました」
受け取ったカルテを横に立つ宜野座さんに渡すと、すぐに聞こえて来たのはここに来るまでにも何回も耳にした深い溜息
「....どうですか?」
「....良くはない」
再び返されたページには、徐々に悪化しているサイコパスとサプリ未服用、昨夜から食事にも手を付けていない記録があった
「それ程ショックだったんでしょうか....」
「....俺の不注意だ、普段は良くても今の名前には厳しかったんだろう。いくら執行官とは言え俺はある程度自由の身であいつは檻の中、見えている世界が違う」
「....どうしましょうか。面会を拒否されたとなるとこちらも強引には動けません」
でもこのまま放置するわけにもいかないはず
せっかく回復して来ていたのに....
きっと名前さんには施設側の対応じゃ効果を示さない
まだ1週間足らずでこれじゃ....
宜野座さんには何かしら考えがあると思っていたけど、まだ何も特別な行動を取っていない
ただ毎日面会に来て名前さんの精神を保っていた
一体どうするつもりなんだろう
「公安局に戻ったら頼みたい事があるんだが、....さすがに要求が多過ぎるか?」
「そんな事ありません、私に出来る事はなんでも言って下さい」
「すまないな。本当はもう少し落ち着いてからにしようと思っていたんだ」
そう言う宜野座さんは何か覚悟を決めたような表情
....それだけ実はしたくない事なのかな
「その前に、紙とペンを持っていないか?」
「紙とペンですか?施設の方に聞いてみますね」