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「んっ....」


見知らぬ天井

首元に感じた痛みと腕に繋がれた複数の管を見て全てを思い出し悟る

ドミネーターを向けられるなんてきっと最初で最後だろう


徐に手を動かしてみる



....死んでない、生きてる


それがこんなにも嬉しかった事はない
今まで当たり前のように生きてきた
死際を彷徨った者としては、人は簡単に終わりを迎えることが出来るのだと実感した



「あっ...」

起き上がろうとベッドから離れた背中は上からの力に押され再びシーツに埋もれる

「まだじっとしてろ」

「の、伸兄、いつの間に」

「ずっといた」

伸兄の背後に簡素な椅子が見えた

いつも隙無くスーツを着こなしているのに、ワイシャツの袖は巻かれ、ボタンも開けてネクタイが緩められていた


「今何時?」

「朝の5時だ」

「...帰らなかったの?」

「あぁ」

「....ずっとここに居てくれたの?」

「悪いか」



普通に嬉しい
伸兄はいつも私を心配してくれる
その優しさを知っているからこそ、口煩くても嫌いになった事なんてない


再び私の横で腰掛けた伸兄は、私の手を両手で取ってそこに自分の額を付けた



「本当にお前を失うかと思った」


その言葉に合わせて手首に温かな息を感じる


「目の前でお前が傷つけられて行くのをただ見ている事しか出来なかった。何も出来なかった」


俯いている伸兄がどんな顔をしているのか分からない


「....でも私は生きてる。私はここにいるよ」


その言葉にゆっくりと顔を上げて、ふっと微笑んだ表情が私をすごく安心させた



「首、跡残っちゃうかな」

「公安局の医療技術を舐めるな、必ず綺麗に治す」


そう立ち上がりながら袖のボタンを止め、ネクタイを締める様子がここを去ろうとしている事を告げていた


「仕事に戻るの?」


伸兄が片膝をベッドに乗せると、ギシッと少し沈んだ感覚がした

大きく男らしい手が私の後頭部を掴むと、そのまま引き寄せられる

肩に顎を付けると、首元から私が前にプレゼントしたコロンの香りが鼻をかすめた


「.....伸兄?」

「....また来る」


すぐ耳元で聞こえた声はやけに生々しかった


































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「名前は?起きたか?」


オフィスに入り、すぐに狡噛が心配そうな顔で聞いてくる


「あぁ、ついさっき目を覚ました。特に変わった様子はなかった。2日ほど休めば大丈夫だろう」

「そうか、よかった....」


狡噛のスーツの裾には掌くらいの大きさの赤い染み

名前の血液


あの時、名前の首元からは血が溢れ続け、動脈が切れてしまったのではないかと思った程だった。
幸い、太い血管は無事で致命傷には至らなかった。
それに犯罪係数も規定値手前、99を記録したが今では70まで落ち着いた。
セラピーを受ければ問題無く元の数値まで回復するだろう。


「報告書は俺が終わらせておくから、今度はお前が休め」

「分かった。ついでに俺も名前の様子を見て来る」



そう言って出て行った狡噛を背に自分の席に着く



途中まで仕上がっている報告書のファイルを開くと、その時の情景がフラッシュバックする

あの時程自分が無力に思えた瞬間はない
佐々山が来てくれていなかったらと思うと、
....名前が潜在犯

あと一歩で失っていた
あと一歩で奪われていた










2行ほど書き進めたところで、ふと、報告書の署名欄に狡噛の名前が無いことに気付く

まだあれから10分と経っていない
まだ名前の病室にいるだろう

データを自分のデバイスに転送して席を立つ



























医療センターに到着して、名字名前の面会を申し出るとすでに先客がいるから待てとの事
そこで警察手帳を懐から出して提示する

「宜野座伸元監視官、名字名前の面会要請を承認しました」



































元から病室に入る気は無かったが、それは扉のガラスから俺の入室拒否を示しているようだった

嬉しそうに笑う名前が、俺には何故か他人のように遠く感じた

過程はどうあれ、森下から取り戻したばかりなのに

また俺の元から溢れて行く

















二人は抱きしめ合っていた





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