▼ 254

「....大丈夫か、常守」


喜汰沢の犯罪係数が執行対象外まで下がり、監視カメラや記録で確認できた唯一の面会者は公安局直属のセラピストのみ

そのセラピストに話を聞きに行ったところ、常守が相当疲れていて喫煙までしている事を指摘された


「....すまない、お前がそこまで疲弊しているとも気付かずに毎日外出の同伴まで....」

「いいんです、私がしたくてしてる事ですから。宜野座さんのせいじゃありません。タバコも本当に吸ってるわけじゃないですよ」

「....狡噛がお前をそうさせているのか?」

「....そんな、まるで私が狡噛さんに未練があるみたいに言わないで下さい。狡噛さんは最後まで名前さんを思ってたんですよ」

「そういう意味じゃないんだが....」


公安局の廊下を、元は後輩だった常守の部下として歩く
....あいつは本当に名前をも含めた俺達全員に重い痕跡を残して行った
きっとどこかでのうのうと生きているんだろうが、無事を祈るのと同時に、あまりにも身勝手で無責任な罪を犯して行った奴など....


「俺じゃ大した役には立たないかもしれないが、話くらいは聞いてやれる」

「相変わらず心配性ですね、宜野座さんは。あんまりそういう事言ってるとまた名前さん怒らせちゃいますよ」

「上司を気遣うのも部下の務めだ、....と昔親父に言われたんだがな。名前もお前に苦労を掛けさせたいとは思っていない。俺が監視官だった頃は、"先輩としてちゃんとサポートしろ"とよく言われたんだ....それでも結局何度も強く当たってしまっていたな」

「そんな、優秀な監視官として今でも尊敬してますよ」


開いたエレベーターの扉に共に乗り込んで刑事課フロアを目指す
....名前と離れていた1年半、ここは一番嫌いな場所だった
このエレベーターで最後に共に過ごした数分を思い出しては何度も、もっと別の言葉をかけてやれば良かった等と後悔に苛まれた


「私は大丈夫ですから」

「....強がり抜くつもりか?たまには人に頼る事も大事だぞ」

「じゃあ人肌が恋しいって言ったらどうしますか?」

「っ....そ、それは....」


全く考えた事も無かったが、常守も今年で22になったはずだが浮いた話は聞いた事がない
人によっては交際どころか結婚しててもおかしくない年齢


「....その、良い人はいないのか?シビュラの恋人適性を受けるのも一つの手だと思うが....俺自身試した事がないからな....あまり助けになれなくてすまない....」


そう俺なりに出来る限りの回答をしたところ、何故か笑い出す常守
....人肌が恋しいってそういう事じゃないのか?


「嘘ですよ、宜野座さんにそんな事頼むわけないじゃないですか。名前さんの恨みを買いたくないですからね」


"その上狡噛さんまで敵に回すなんて私嫌ですよ"とエレベーターを降りる背に着いて行く


「とにかく、私なら平気です。サイコパスが濁りにくいのだけが取り柄ですから」

「....ならせめて、今日はもうゆっくり休め。喜汰沢の搬送は青柳に任せて、一係も霜月がいる」

「名前さんはどうするんですか?昨日の今日で会いに行かないなんて、確実に悲しませてしまいますよ」


確かに全く間違っていない
昨日15分だけで帰ってしまい、"明日は早めに来る"と約束をした
それは名前の為だけでなく、俺も可能なら今からでも会いに行きたい
緊急の仕事でも入れば別の話だが....そんなのは望まない言い訳にしかならない


「....三係の監視官に俺が話をしてみる。だから今日くらいは自分の為に時間を使え、これは先輩としての命令だ」

「....宜野座さんって時々お母さんみたいですよね。名前さんが甘えたくなるのも分かります」


一係オフィスの前、ガラス張りの部屋の中は他のメンバーが全員揃っている
これまで俺が使っていたデスクには霜月が、狡噛のデスクは東金が、そして俺は親父が使っていた場所を引き継いだ
....これ以上また変動が無い事を願いたいがな


「....じゃあ私も、その言葉に甘えていいですか?」

「そうしてくれるとこっちも助かる。監視官が倒れたら俺達執行官は何も出来ないからな」

「私の責任重大ですね」

「それが監視官だ。....一つ聞きたいんだが、名前の色相を誰かに話したか?」

「名前さんの色相ですか?いえ、事件の処理はもう終わってますし、面会に行っている私や青柳さんしか知らないと思いますけど」

「....そうか、ならいい。引き留めて悪かったな」


確か元セラピストと言っていたか
俺の様子から推測出来たのか?





[ Back to contents ]