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「何してるのかしらね、酒々井監視官」

「秘密裏に事件の捜査をしているのかもしれない」

「....透明人間ね...どう思う?」

「....どうだかな、いるともいないとも言えない。槙島の事があったから尚更だ」

「あなたは幽霊って呼んでたかしら?」

「....そうだったな」


もう懐かしいな
槙島の存在を信じていなかった俺は、狡噛に"幽霊を追いかけている"と言った
結果そのすぐ後に発生した桜霜学園の事件で、狡噛と佐々山の努力が証明された

分析室
相変わらず少々タバコ臭い
だがそれに動じなくなった俺が成長したのかもな....


「名前ちゃんは?どうしてるの?あなた毎日面会に行ってるんでしょ?」

「とりあえずは元気だ、施設の方からもこれと言った問題は報告されていない」

「なら良かったけど、どうせなら夫婦一緒に結婚祝いしたかったわ。あの子には再婚した事隠してるそうね」


確かに常守が請け負ってくれていた全ての手続きが完了し、晴れて公に名前に宜野座の姓を再び渡した日、常守、青柳、六合塚、唐之杜が昼休憩の時に俺にサプライズで祝ってくれた
その内容は簡単なもので、俺の昼食を奢ってくれた事とそれぞれからからのプレゼント
常守からはペアのマグカップ
青柳は紅茶のセット
六合塚はタオルセット
そして唐之杜は、"今度こそ"と余計な物をくれた
"たまには違ったテイストの方が燃えるわよ"などと言っていたが、そもそも新鮮味など求めていない
さすがに貰った物を捨てるわけにもいかないと考えた俺は、仕方なくクローゼットの奥深くに仕舞っておいた


「あぁ、話す必要も無いだろう」

「夫婦だからこそ隠し事は無しじゃない?」

「....俺達には俺達のやり方があるんだ、放って置いてくれ」

「何かの拍子でバレたらどうするのよ、私達がうっかり口を滑らせちゃったとか」

「....その時はその時だ」


ちゃんと話して落ち着かせればいい
かと言ってあいつを悲しませる物は、いくら後から解決出来るものだとしても可能な限り避けたい
この1年半と、施設で隔離されている1ヶ月
幼少期の事で充分だったはずが、また辛い思いをさせてしまった
....それもあと1週間
今起きている厄介な事件に頭を悩ませているのは確かだが、恐らく監視官という重い責務を今は背負っていないからだろう
少しばかり気が楽で、名前の帰りを心待ちに出来ている

常守によると、同じく監視官である霜月には一応話をしておいたそうだ
名前はもしかしたら、あの時誰が俺達を撃ったのか顔を見ていない等で覚えていないかもしれない
それならそれで良いんだが....霜月の俺に対する時々辛辣で昔の俺なら正解としていた態度は、名前には....

10も下の上司に年上として大人な対応を取ってもらいたいものだ


「そうだ、唐之杜」

「はいはい?」

「名前の施設で記録されているサイコパスデータをここから調べる事は可能なのか?」

「まぁ、出来ない事は無いけど....どうして?何かあった?」

「いや、いい。それだけだ」


確か以前、俺が名前を裏切った時にあいつが色相を濁らせたかを"個人的な興味"と言って聞いて来たな
....どうしてそんな事を気にする?
たった一度、名前が施設に搬送される前にオフィスで見ただけの人物
そしてただ同僚の妻というだけだ

....いや、東金本人の言うように、俺について知りたかっただけだという可能性はある
名前に対し何らかの感情があるとは限らない

....だが妙に引っかかる
これがただの嫉妬心や独占欲なのか
それとも純粋な危機意識な


「ってちょっと!どう言う事!?」

「な、いきなりどうした?」

「来週から二係に新しい執行官が配属されるんだけど、宜野座名前って....まさか同姓同名?」

「....同一人物だ」


やはり唐之杜には比較的早めに知られたか
"情報分析の女神様"と煽てられていただけある


「え...?これ本当に名前ちゃんなの?」

「あぁ」

「あなたの妻の?」

「そうだ」

「あなたって....元監視官の宜野座伸元...よね?」

「....他に誰に見えているんだ」

「....何でそんな冷静なのよ、知ってたわけ?」

「俺が少し前にシビュラの判定を依頼したんだ」

「....じゃあ、山門屋執行官を補う為の人事じゃないって事?」

「....確かにタイミングがそう捉えられなくは無いな」

「11月から新しい執行官が来るとはこの間どこかで見たけど....そこまで気に留めて無かったわ....まさか名前ちゃんだなんて思わないもの....」


"あの子が執行官ね..."と呟いた唐之杜と、メッセージを受信した旨を告げた俺のデバイス


「ドミネーターとか大丈夫?あまり撃てそうなイメージ無いけど....」

「あれでも当時は狡噛を追って監視官になろうとしていた。サイコパスの弱さに阻まれその願いは叶わなかったが」

「今となっては慎也君を追ったのかあなたを追ったのか分からないわね。まぁあの子の夫は射撃の腕だけは誰にも劣らなかった元エリート監視官だし?心配するだけ損かしら?」

「....全く、評価しているのか貶しているのか、どっちなんだ」

「貶してるって言ったら名前ちゃんに怒られちゃうじゃない」

「....これから面会に行く、今の発言そのまま伝えておくぞ」





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