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「無理をしていないか?」

「大丈夫ですよ、私のサイコパスは宜野座さんも見たじゃないですか」

「....それはそうだが....家族は警護ドローンの保護下に置かれたそうだな」

「はい、でもお婆ちゃんはやっぱり難しいと判断されました」

「難しい?」

「動けないんです、お婆ちゃん」

「....そ、そうか、踏み込んだことを聞いて悪かったな」

「いえ、宜野座さんは私に気を遣い過ぎなんですよ。なんなら、監視官の頃みたいにもう少し容赦無くてもいいんですよ?」

「部屋を片付けろ、とでも言えばいいか?」

「....ごもっともです」


あれから事件に特に大きな進展も無く、10月もあと2日で終わる

"WC?"と言う文字の調査で訪れた常守の自宅は、思いの外人間味が溢れていて、名前よりもずっと責任感のある人だと思っていた印象を良い意味で変えられた
忙しい故か散らかっていた部屋で、常守は"片付けが下手だ"と言っていた
名前は小さい頃からの俺の影響か、比較的身の回りは自然と整える性格になった
こんな事を比べても何にもならないが、良く出来た子供を自慢する親の気持ちが分かった気がする


「両親にも今まで何度か注意されたんですけどね、なかなか習慣にならなくて....宜野座さんの部屋はいつ行っても綺麗に整理されてますよね」

「まぁ人それぞれだ。あまりに綺麗な部屋だとかえって落ち着かないという人もいる」

「でも私は好きですよ、宜野座さんの部屋。確かに整理整頓がきちんとされていてうちとは全然違いますけど、暖かいと言うか....どこか安心感がある気がします」

「....そうなのか?」

「多分、私は一人暮らしだからですかね。宜野座さんの部屋は昔から家族のように共に過ごして来た名前さんとの二人の色があって、まるで本当に"家庭"のような....22の女が一人で暮らしてる部屋には無いものがあって....」

「それは....つまり寂しいのか?」


残り3回となった矯正施設への外出
時間はまだ午前中
そのオートドライブに設定された車の中、運転席に座る常守が膝を抱えて俺を見る
互いに非番の今日はどちらも私服だ
常守の私服はこれまで何度か見た事があったが、毎度名前には似合わないな等と考えてしまう

その名前もこの5日間は、俺がしっかり毎日45分面会する約束を果たしている為か、それとも間もなく2週間という期限が終わりに近づいている為か
かなり様子が明るくなって来た
施設の担当看護師から聞いた情報でも、笑顔が多く見られるようになったそうだ


「....寂しくないと言ったらもちろん嘘です。これでもまだ年頃の女の子ですよ。同級生で結婚した人も何人かいて、誘われた結婚式にすら仕事で行けない事が多いんです。一人暮らしもこの仕事も自分で選んで、全く後悔なんてしてませんけど....」


自分も監視官を長い事務めた経験から常守の悩みは分かる
ただ俺にはいつも名前がいた
それだけで充分で、どれだけ休みが少なく激務でも、時々喧嘩したりする騒がしい日々に寂しさは感じていなかった


「親友だった子も一人は目の前で失って、狡噛さんも居なくなっちゃって....こういう仕事ですからね、家族にすら打ち明けられない事は沢山ありますし、変に心配もさせたくなくて....」


"大丈夫だ"と主張していた常守が、ようやく感情を吐き出した
それ程色んな事を抱え込んでしまっているのか....


「....すみません、こんな事宜野座さんに言うつもりは無かったんですけど....」

「俺こそすまないな、せっかくの非番に連れ出してしまって....最近外食や買い物はしたか?」

「いえ、そんな時間無いですよ」

「なら今日この後行ってみたらどうだ?家に塞ぎ籠るより外に出た方が気分転換になる。家の壁もまだあのままにしてあるんじゃないのか?」


こういう時俺は、名前の面会を取り止めてすぐにでも自由にさせてやるべきなんだろうが、それは出来ない
常守にとっては休日出勤のような物と変わらないとは分かっている
だがあいつを後回しにさせられない
45分の面会と俺を公安局に送り返す時間を常守に渡せないのが、俺の無責任な点だろう


「....じゃあ付き合ってくれますか?」

「は....?俺か?」

「....無理ですよね。名前さんが怒っちゃいますよね」

「....むしろ俺なんかでいいのか?そこは友人や、何ならシビュラの恋人適性を受けて見て、それで推奨された人間と会ってみるなどした方が効率的だと思うが....」

「言ったじゃないですか、打ち明けられない事が沢山あると。現状私を最も理解してくれてるのは宜野座さんですよ。でも大丈夫です、自分で何とかしますから」

「....この後の面会で名前に聞いてみよう。あいつがいいと言えば俺も異論は無い。何よりお前には1年半以上ずっと迷惑をかけて来た。俺や名前の要求を出来るだけ叶えてくれていた。だからこの機会じゃなくても何か礼はしたいと思っていたんだ。外出に付き添うだけで礼になるとは思えないが、監視官を支えるのも執行官の業務だ。....だがあいつがダメだと言ったら....すまないな」





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