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もう1ヶ月聞いた毎朝の起床アナウンスも、今日が最後なのかもしれないと思うと、何故か自然に少し早く目が覚めてしっかり聞いた

運ばれた朝食をきちんと食べて、昨日の面会で伸兄から渡されたスーツとパンプスに着替える

....前と同じスーツだ
そして今の今まで私が持っていた伸兄のジャケットと相変わらず同じ色、同じ手触り

....あの時着てたのは処分されちゃったのかな
狡噛さんから貰ったブローチを付けてたんだけどな....
後で会ったら聞いてみよう

ここには9時半に来るって言ってた
あと15分も無い

でも何でスーツなんだろう....
それにどう考えても新品だから、わざわざ買ってくれたという事
私に仕事でもあるのかな


部屋の前を通り過ぎるドローン
向かいの部屋にずっと見えて来た男の人
今日も変わらずにベッドに腰掛けている
私だけがいつもの淡い青の制服から綺麗なスーツに変わった

本当にここから退所するのかいまいち良く分かっていないから、荷物はまとめてない
まぁそもそもそんなに荷物も無い
壁にかけたドレスと、アルバムと、花瓶と、そろそろクリーニングに出すべきジャケットだけ




あ!

....あれ?
今日は青柳さんなんだ


廊下の先に見えた二人に思わず立ち上がる


いよいよだ


1ヶ月ぶり

それがもう目の前に迫ってる


早く

早く


もう待てないよ


きっとたったの10秒程しかなかった
でも私には数分もかかったような感覚の末、ついに動いたガラス戸に私は全力で飛び出した





「伸兄!」




それを前よりも逞しくなった身体でしっかりと受け止めてくれる

確かに一方が義手となった抱擁はまだ少し違和感が残る
でも確実に増した力は、痛みじゃ無くて心強さを感じさせる
厚い胸板からは心地良い体温と規則正しい鼓動音
....これが欲しかった

もう一度触れる事が出来るなんて
もちろん嬉しいけど、正直護送車の扉が閉まった時に強引に覚悟を決めてた
....もしかしてこれも常守さんの計らい?


「....名前」


その声に体を寄せたまま顔を上げる
私を見下ろすのは変わらない端正な表情
男の人に対して使うのは違うかもしれないけど、益々お母さんに似て美人になって来た気がする


「あの時はごめんね、....ありがとう、今の方が好きだよ」


と今更2週間以上前の馬鹿な嫉妬を謝ってみる
それに返されたのは首元に触れたやや冷たい感覚

....あぁ、あのネックレス

...."お前次第"って言ってたし、良いよね?
私はその肩に捕まって、自分の体を押し上げるようにかかとを


「ちょっと、二人とも気持ちは分かるけどここはまだ矯正施設よ。あと私もいる事を忘れないでくれると嬉しいわ」

「....名前、一回離れろ」

「....わ、分かったよ」

「仕事が終わったらもう好きにしてくれていいから、だからさっさと終わらせちゃいましょ」

「仕事....?」


やっぱり何かあるんだ
なんだろう
私に仕事なんて....


「名前ちゃん右利きよね?」

「はい、そうですけど」

「じゃあ左手出してくれる?」


言われた通りに左手を差し出す

するとそこに着けられたのは見覚えのある腕時計のような物


「え、これ....」


執行官デバイス...だよね?
どういう事?
私が?
執行官...?


「あなたは今日から厚生省公安局刑事課二係の、宜野座名前執行官よ」


あまりにも突然の事に、もう正解を言われたのに困惑が収まらない

執行官....
私が、本当に?
監視官になれなかったのに
私が執行官....?


「お前に執行官の適性がシビュラから下された。これからは青柳に従って

「何で一係じゃないの?」


と自分が執行官になった事を受け入れるより先に強く抱えた疑問

伸兄と一緒が良かった
何で二係?
....期待し過ぎなのかもしれないけど、常守さんなら一係にしてくれそうなのに


「....お前が居ると俺は仕事にならないだろ」

「....それが理由なの!?」

「私達は一係に配属させてあげようとしてたのよ」

「私だって仕事はちゃんとするよ!」

「俺がお前を無視出来ないんだ」

「....ダメなの?」

「ダメだ、他の執行官や監視官に迷惑がかかる」


相変わらず仕事には抜け目ないんだから....
まぁ私もどうしても一係じゃなきゃいけない理由も、どうしても二係じゃ嫌な理由も無い
青柳さんという知ってる人がいるだけ、三係よりはマシかな


「じゃあ公安局に戻るわよ、詳しい話はそれからね」





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