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「ちょっといいかしら?」


オフィスに入ってすぐ、そう執行官達に声を掛けた青柳さん
それを合図に3人の男性達から一斉に視線を注がれ一気に緊張で固まる


「昨日話した通り、今日から二係に新しく配属された執行官よ」

「えっと...よ、よろしくお願いします」


小さくお辞儀をして再び顔を上げてもあまり変わってない景色


「....何よ、あんた達まさか女の子を前に恥ずかしがっちゃってるの?」


"仕方ないわね"と結局青柳さんが一人ずつ紹介してくれる事になった


正直ガラの悪そうな、蓮池楓執行官
明るめの茶髪で後ろで一つ縛りにしている、波多野紘一執行官


「そう言えば名前ちゃん、宜野座君が提案して狡噛君を逃がそうとした作戦知ってる?」

「あ、はい....狡噛さんから聞きました。確か局長に捜査を外されたと....」

「その作戦に協力してくれてたのが、この波多野執行官よ」

「そうだったんですか....」

「あの時はびっくりしましたよ。急に局長が現れて、当時監視官だった宜野座さんに狡噛さんを執行するように諭して。俺達皆ハラハラしてましたよね」

「あの時、私本当は厚生省へのキャリアアップの話が来てたのよ?それを蹴ってまで宜野座君の作戦に協力したのにね....」

「な、なんか、すみません....」

「ごめんごめん、そういうつもりじゃないのよ」


確か狡噛さんの話だと、伸兄が持ってたドミネーターに不具合があったのかエリミネーターが作動して、なかなか引き金を引けなかったとか
直接現場を見ていない私は詳細には分からないけど、きっと伸兄も焦っていたはず
....少なからずの責任は感じてるだろうし、わざわざ蒸し返す事でもないから直接この話は聞いてない
ただ、それが狡噛さんが逃亡を決めたきっかけにはなったらしい


「それから、さっき私が言ってた須郷徹平執行官。征陸さんが刑事の素質があるって認めた男よ」

「じ、自分は...そんな...」


....この人が....


「まぁこうやって謙遜が得意な男でもあるわね」

「お父さんが....認めた....あっ」


声に出すつもりは無かった故に慌てて口元を押さえる


「....征陸執行官の娘さん....ですか?」

「そこは私には説明しきれないから、この子に直接聞いてあげなさい」


"この席、最近亡くなった執行官が使ってた席なんだけど"と案内されたのは須郷さんの隣


「一応今私達が捜査してる事件の資料は入れておいてあげたから、まずはそれに目を通してくれるだけで大丈夫よ。もう1週間くらい事件に進展も無くてね、他の執行官達も暇を持て余してるから気持ちを楽にしてくれて構わないわ」

「分かりました」

「私は分析室と局長に用があるからしばらく席を外すけど、何かあったら誰にでも聞いて。最悪隣が一係だから、突撃しちゃっても私はいいと思うわよ」

「そんな、私が怒られちゃいますよ」


"私が許可を出したって言えば平気よ"なんて冗談を言いながら出て行った青柳さんに、早速目の前のパソコンを開く

確かにデスクトップには一つだけフォルダが入ってて、中には一係と二係それぞれの事件の報告書と現場の写真、分析の結果などが入っていた

きっかけとなったのは10月20日午後6時に起こった爆発
....もしかして、15分で"事件が起きた"って伸兄が帰って行ったのはこれの事?

この事件で、二係の酒々井監視官が同じく二係の山門屋執行官をドミネーターで撃って行方不明
という事は、この席を使ってたのは山門屋執行官

配属早々つい最近亡くなった執行官の席に座るなんて、早速ちょっと怖い


「あの....先程の話は....」


そう横から声を掛けて来たのは須郷さん
私もお父さんについて聞きたいと思ってたところだけど、意外と人見知りする私にとってはこうして先に声を掛けてくれたのが有難い


「まずは、なんとお呼びすればいいでしょうか。一係に同じ姓の執行官がいらっしゃいますし....」

「私は下の名前で呼ばれる事に慣れてますから、そうして貰えると嬉しいです」

「分かりました。自分の事は好きなように呼んで頂いて構いません」

「じゃあ宜しくお願いします、須郷さん」


最も無難な呼び方をして差し出した手を、須郷さんは少し緊張しく握り返してくれた


「それで、先程の話ですが....もしかして征陸執行官の娘さんで、一係の宜野座執行官のご兄弟ですか?」

「いえ、全てを話すと長くなるんですが....一係の宜野座執行官は私の夫です」

「っ、申し訳ありません!指輪をされている事にも気付かずに失礼な事を」

「気にしないで下さい、よく聞かれる事ですから」


お父さんの事も、伸兄の事も周りを考えると呼び方を変えるべきなのかもしれない
でも結婚した時にその提案をして却下されたというのもあるけど、他の呼び方に慣れない自分もいる


「征陸執行官の事は昔から本当の父親だと思って慕って来ました。....なのに何一つ親孝行出来なかった....もし良かったら、須郷さんの知る征陸執行官の話を聞かせてくれませんか?」





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