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「どうだ、執行官としての初勤務は」

「まだ何もしてないよ」

「街が平和であればある程私達の仕事は減るからね」


午後になって当直が終わったらしい伸兄が二係まで来て、今は青柳さんと3人でドミネーターの研修と射撃訓練に来ている

....それにしても、射撃場なんてあったんだ
人事課の職員として働いていた時ももちろん来た事ないし見たことも無かった


「はい、知ってると思うけどこれがドミネーターね」


目の前には黒い箱のようなドミネーターの搬送ドローン
それが機械音を立てて開くと、"握れ"とでも言うような角度で現れたのは紛れもなく公安局刑事課のみに使用を許されたシビュラの目


「ユーザー登録はしてあるから、取ってみて」


私は恐る恐るそのグリップに手を掛けて引き出した


"携帯型心理診断 鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました
ユーザー認証、宜野座名前執行官、公安局刑事課所属、使用許諾確認
適性ユーザーです"


「す、すごい....」


いつもこんな風に見えてたんだ....


「ドミネーターについてはどれくらい知ってる?」

「えっと、銃口を向けた人物の犯罪係数をシビュラシステムに最優先に割り込んで計測出来て....電波暗室とかオフラインの状況だと使えなくて....執行官が監視官に迎えると反逆行為として本部に報告されるけど、監視官権限でそれを消す事も可能。対象が犯罪係数99以下はセーフティがかかって撃てない。100位上299以下なら無力化するパラライザー、300以上なら殺傷能力のあるエリミネーターに自動でモードチェンジ。ドローンとかには分子分解のデコンポーザーが適用されるけどフルチャージで撃てるのは3発まで。あ、エリミネーターもフルチャージモードチェンジ無しで4発までの制限があったはず....だよね?」


と私が知る限りの知識を並べてから伸兄を見てみると、組んでいた腕を解きながら、ふっと笑った


「....はぁ...研修なんて必要無いじゃない」

「うちの子は優秀だろ?」

「あなたが褒めるなんて、親バカね」


ちゃんと合ってたみたい....?
何だか試験に合格でもしたような気分でドミネーターを握り続けていると


「本題はここからだ。現場ではいかに早く正確に照準を定められるかにかかっている」


今度は伸兄もドローンからドミネーターを一丁取り出した


「射程距離も確かにドミネーター本体にも限界はあるが、射手による限界の方が問題だ。自分の能力次第で無駄に対象に近付いたり、高低差を詰めなければならないとなると時間も体力も余計に消費する事になる」


伸兄が射撃が得意なのは、確かお父さんの更にお父さんが射撃の名手だったからとかで、その血を引いてるんじゃないかといつだか聞いた事があるような


「....身に覚えのある話で刺さるわ。私も宜野座君による射撃訓練受けようかしら」

「....今は名前が優先だ」

「じゃあ順番待ちしておくわ」


それぞれドミネーターをトレーニングモードに切り替えてから、目の前に現れたのは多分ホログラムで出来た"対象"

今手にしているドミネーターと連携されているらしく、引き金は引けても実際に撃つ事は無いらしい
センサーによって感知された狙った場所から、実際対象を"撃てたのか"が忠実にシミュレーションされる


「何よりも実践だ、とりあえず撃ってみろ」

「え、そんな、何も知らないのに」

「見た事はあるだろ。まずはお前の初期感覚を知りたい、ターゲットは5mだ」


仕方なく自分のイメージで構えて見る
右手でグリップを握って人差し指をトリガーにかける
その下に左手を添えて....

""犯罪係数オーバー160、執行対象です。セーフティを解除します。執行モード、ノンリーサルパラライザー。慎重に照準を定め対象を無力化してください"

温かみの無い音声が自分だけに響く
伸兄も狡噛さんも、こう見えて、こう聞こえて、こう感じていたんだ
それが何だか感慨深くて、いくら同じ公安局職員でもやっぱり一般課は"公安"とは言えない

どこを狙えば良いのか全く分からない私は、自分の感覚で胴に照準を定めて人差し指に力を込めた


「....当たった...よね?」


ホロで投影された対象は地面に横たわっている


「センスはあるんじゃない?私が初めて撃った時は腕に当たったもの」

「い、今どこに当たったの?」

「腿だ、悪くはないな」


その言葉が素直に嬉しい
厳しくするって言ってたしもっと怒号が飛ぶかと思ってた....のに始まりはここからだった


「だが構えの姿勢が悪い。それだと関係の無い場所に力が入っているはずだ」


それから"もっと脚を開け"とか、"正面を向け"とか、"腕を上げろ"とか
言葉と共に直接矯正されて、まるで人形にでもなった気分
でも自分で自然に出来た姿勢じゃないからか、まだ何か間違ってるのか、どうしても違和感があって
結局"一回お手本見せて"とお願いした

私の姿勢を直す為に一度後ろの椅子に置いていたドミネーターを再度持った伸兄は、私がさっき撃ったのと同じ対象のホログラムを起動して


「え、もう!?」


引き金を引いた
私なんて、ドミネーターの指示通りまさに"慎重に照準を定め"ていたのに


「5mの距離で30秒も構えていたら、現実ならとっくに逃げられているぞ」

「....まぁ、確かに。....ちょっともう一回構えて、結構かっこよかった」

「なっ....」

「あははっ!そんな一言で恥ずかしがっちゃうなんて、あなたも意外と純粋なのね!」





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