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久しぶりに一人じゃない夜
人肌の温もりがこんなにも心地の良いものだったなんて

もちろん知っていはいたけど、改めてその貴さを全身で教え直された

さすがに私が義手をまだ見慣れていない事を除いては伸兄は何も変わってない
私がどうしたいのか、どうされたいのかを恥ずかしいくらいに理解して与えてくれる
触れ方も力加減も、良い意味で新鮮味の無い正確さは私にとっては底知れぬ安心感

その暖かさに溺れるようにして眠りについて、こうして目を開覚ますとすぐそこにその姿がある


「いつから起きてたの?」


上半身を起こして後ろの壁に寄りかかってる伸兄は、部屋にもトレーニング機器を置く程、身体を鍛える事に力を入れてるらしい
その成果は充分に現れていて、昔も適度な筋肉はあったけど、今ではちょっと触って見たくなる程になってる


「....20分は経ったな、起こしたか?」

「ううん。今日もしかして午後から?」

「あぁ、....常守か青柳辺りが合わせてくれたんだろうな」


捜査資料でも見ていたのか、声を掛ける直前には義手である左手を下ろすのが見えた
寝室を出て作業すれば良いものを、きっとわざと隣に居てくれたんだと思う

でももっと近くに居たくて、その胸板に抱き枕のように抱き付く
呼吸をする度に上下するそれが私の頬を押す


「....はぁ...毎日はやめてくれ」

「仕事はちゃんとするから」

「....そういう事じゃない」


そっと頭を撫でてくれるのがまるでペットにでもなった気分
ダイムってこんな気持ちなのかな....


「常守さん、引っ越すのかな」


山門屋執行官が殺処分された現場にも、常守さんの自宅でも見つかった"WC?"の文字
それを常守さんは"What Color?"を示すと考察しているらしい


「当然だろうな、あいつの気は狂っていないなら誰かが忍び込んだ事になる。犯人を特定も出来ていない今、あそこに住み続けるわけにはいかないだろ」

「カムイ、か....青柳さんは透明人間って言ってたけど、槙島とはまた違うのかな....な、なに?」


金属の冷たさを突然腰に感じて思わず身を震わす


「....お前とこんな話をする日が来るとはな」


その言葉にどんな顔をしているのか気になって、逞しくなった腹筋を押して体を起こす
体温を離れて少し肌寒い


「....嫌なの?」

「....複雑だ。俺達の仕事は簡単なものもあれば、時に死と隣り合わせになる事もある。刑事だと言うだけで恨みを買ってしまう可能性だって否めない。....上の命令に納得行かないのも稀じゃない。もちろん守秘義務もあるが、お前をそんな世界に巻き込みたくなかったからこそ、これまで仕事の話はあまりしないようにしていた。仕方ないとは言え、お前が執行官になる事について多少の不本意はあった」


上に乗る私にはやや見下ろす角度
言葉通り複雑な表情をする頬に手を添えてみる
....自由に触れられるのが未だに夢みたい


「私は嬉しいよ。伸兄が仕事の事話せないの分かってたし、仮に聞いても私には何も出来ないのがもどかしかった。時々すごい疲れた様子で帰って来て、私本当に心配だったんだから。向島先生に私達はお互い心配し合って悪循環に入っちゃうって言われた事があってね、それからはせめて私は伸兄に心配掛けないようにって、笑う事を心掛けてた」

「....全く....」


そう小さく息を吐いた伸兄は、背中を預けていた壁から離れて私の首元に額を預けた
胸元にかかる呼吸が生暖かい


「....俺もお前に心配を掛けたくないと努力していたと言うのに」

「無理だよ、見て分かるもん。疲れてたり機嫌が悪かったり、何かあったのかなって」

「....そうだな、すまなかった」

「....顔見せて」


私をぐっと抱き寄せて見上げられた視線
....思えば私達もうすぐ30代なんだ....
その時間の中にいた時は長く感じたのに、いざ振り返ると早い
同じ制服を着てた時も、初めてレイドジャケットを羽織ってるのを見た時も全部覚えてる

でも今の伸兄が一番好きかもしれない


「私の方がいつも困らせてた。これからは私も執行官。一緒に居られるのもそうだけど、伸兄と同じ世界が見れる事が嬉しいの。私に出来る事は限られてるけどもっと頼って。私だって伸兄を助けたいし守りたい」


ほら、前よりずっとよく笑うようになった


「....なら早く一人前になって貰わないとな」

「が、頑張るよ....今何時?」

「まだ充分にある。....名前、愛している」

「ん....はぁ....え、待っ....っ!」


軽い口付けから首筋に降りていった唇の感覚に目を閉じそうになっていたところで走った鈍い痛み


「不都合でもあるのか?」

「そ、そうじゃないけど....いきなりでびっくりしたと言うか....なんで....?」

「....仕事仲間は仕事仲間だ。親父が認めようが必要以上に関わる理由は無い」

「....まさか伸兄....なっ、ぁっ....」



....あぁ、ダメだ


力が抜けて

深い情に堕ちて行く





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