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「あら名前ちゃん!久しぶりね!」

「いろいろお世話になりました。昨日挨拶に来れなくてすみません....」

「そんなに改まらなくても良いわよ!執行官になるって聞いた時は驚いたけど、どう?」

「2日目ですからまだ何とも....」

「....お二人はお知り合いですか?」


須郷さんと共にやって来た分析室は、相変わらず唐之杜さんが一人で沢山の画面を操ってる
1ヶ月前の施設に搬送される時も特に声を掛けられなかった


「知り合いというか....私実はここの人事課で以前は働いてたんです。....というのもあまり答えになりませんね」

「人事課、ですか....」

「名前ちゃんは刑事課のお姫様だからね」

「え、お、お姫様だなんて!」

「皆あなたをそれくらい大事にしてるって事よ」


お姫様かどうかは置いといて、たしかに唐之杜さんが言う通り同僚でもなかった私に刑事課の人達はかなり良くしてくれた
これからは仲間として働いて恩返ししなきゃ


「須郷徹平君....だったかしら?」

「は、はい」

「確か前は軍人さんだったわよね?その子に傷一つでも付けたら大変な事になるから、気を付けた方が身の為よ」

「っ、唐之杜さん!」

「何も元監視官の旦那様の事だけじゃないわよ?私達も黙ってはいられないかも。それに慎也君だって、きっとね」


狡噛さんは....どうなんだろう
今となっては分からない事ばかりで、その存在を過去の事にするべきなのかも....
でもどうしたって忘れる事は出来ない
出来る事ならもう一度会いたいけど、それを狡噛さんが望んでいるのか....


「....とりあえず、あまり深く気にしないで下さい。夫も理不尽な人ではないですから」


今朝伸兄が見せた嫉妬のせいか、別に何も無いけど変に意識してしまう
困ったような顔で"自分は...."と呟いた須郷さんに申し訳なくなって苦笑いする


「名前ちゃんが"夫"って言葉を使うの、なんだか大人になったみたいね....」

「え、結婚した時から使ってましたよ?」

「いつも"お兄ちゃん"だったじゃない」

「....ま、まぁ...そっちの方が慣れてるので伝わる人にはそれで....」


"それはいいとしてまずは座って"と促され、私の隣に腰掛けた須郷さんは何か聞きたそうな表情
....今度また質問されたらちゃんと説明しようかな


「で、璃彩ちゃんからお使い頼まれたんでしょ?」

「はい、カムイの事で何か分かった事が無いか聞きに来ました」

「なるほど、口実ね」

「口実....?」

「私が昨日、名前ちゃんに会いたいって言ったのよ」

「....つまり私をここに来させるための口実って事ですか?」

「本当にカムイについて報告があったら直接連絡するでしょ?わざわざ執行官を二人寄越したりしないわよ。須郷執行官は完全におまけね」


言われてみればそれもそうだと、刑事課としての経験の浅さを感じる


「....な、なんかすみません....」

「いえ...自分は監視官の指示に従うだけです。名前さんが謝る必要はありません」


真面目な人なんだな....
軍人だったからなのかな


「あら、下の名前で呼ばせてるの?」

「刑事課で"宜野座"は、伸兄のものですから。それに皆さん私を下の名前で呼ぶので、その方が分かり易いかなと私がそうお願いしたんです」

「....まぁ確かに今まで慎也君や秀君もそうだったし、余計な心配だったかしら」

「....すみません、その"慎也君"というのは逃亡執行官の....?」

「えぇ、そうよ。狡噛慎也元執行官。私達の中で最後にその顔を見たのは、名前ちゃん、そうでしょ?」

「....はい」

「今聞く事じゃないかも知れないけど、慎也君何か言ってなかった?」

「....いえ、何も....」


"さよならだ"とだけ告げた声は鮮明に覚えてる
いつもなら"じゃあな"とか、"またな"って言いそうなのに
だからこそ私はその言葉に永遠の別れを感じた
....もともとそのつもりで家に来たのかもしれない
それを私は....


「....名前ちゃん、大丈夫よ」


そう俯いていた私の視界に入って来たのは、膝に揃えていた私の手に重ねられた別の手
変わらずにマニキュアが綺麗に塗られている


「唐之杜さん....」

「何があったのかは大体想像つくわ。その上でこれだけは確実に言える、名前ちゃんは何も悪く無いし慎也君もあなたを恨んだりしてない。むしろ良いけじめになったとか思ってるはずよ」

「....そう、ですかね...」

「ほら笑って!慎也君もあなたに幸せに笑ってて欲しいってきっと願ってるし、旦那様にも許して貰ったんでしょ?」

「.....」

「あーもう、泣かないの!私が怒られちゃうわよ....」


そう頭を胸に抱き寄せられ、反射的に横に向けた視線の先で困惑してる須郷さんと目が合う

思えばあの夜によって生じた伸兄への罪悪感は二人で解決させた
でも狡噛さんに対する感情は誰にも解放出来てなかった
誰に言うべきでも無い気がして、本人がもう目の前に居ない事で自分の心の奥深くに仕舞い込んでいた
それを今直接ノックされたからか、唐之杜さんの包容力からか
何故か溢れてしまう


「私....狡噛さんに酷い事を....もう嫌われてるかもしれないって....」

「慎也君があなたを嫌うわけないじゃない、この情報分析の女神様が保証するわ。....それから、絶対また会えるわよ。そんな簡単に死ぬ男じゃないもの。もしかしたら、どうしても名前ちゃんに会いたくなって、あっさり帰って来るかもしれないじゃない?」


それは私を慰める為の言葉だって分かってる
狡噛さんは帰って来たくても帰って来れない
人を殺し逃亡した執行官なんて、シビュラに見つかった時点で殺される
もう会えないって分かってて、もう会いたくないと思われてる可能性があっても、やっぱり良い印象のまま忘れないでいて欲しい
....身勝手なわがままだ


それからは何も言わずに背中を優しくさすってくれた唐之杜さん
....本当に申し訳ない
私の自業自得なのに
ダメだよこんな


....はぁ、そうだよ、笑わなきゃ
前を見なきゃ
伸兄を悲しませない為にも、支えてくれる皆の為にも
今ある幸せを逃さないように
笑顔が好きだと言ってくれた狡噛さんに、もし万が一次会えたら見せてあげられるように

そう自分に言い聞かせて、一度深呼吸をする


「....唐之杜さん、」

「なに?」

「....どうしたらこれくらいおっぱい大きくなりますか?」

「あら!もしかして旦那様は大きいのがお好み?」

「男の人って皆そうじゃないんですか?」

「だそうよ、どうなの?須郷執行官?」

「え、いや、じ、自分はそんな....女性に関しては....」





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