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「すみません、明日は合わせられなくて....」

「....やっぱりお前だったか、俺と名前の当直を合わせたのは」


もう間も無く退勤の時間を迎える頃、そう声をかけて来たのは常守


「有難いが俺達を甘やかし過ぎだ。普通に仕事させてくれていい」

「でも実際今日は宜野座さん嬉しそうですよ。精神状態が良好であればある程、その人物の作業効率も上がりやすくなりますから。上司としてそういう事も考えてるんです」

「....よく出来た上司の元で働けて幸いだな」

「でもごめんなさい、この後名前さんお借りしますね」

「は...?どういう事だ」

「男子禁制女子会です!...と言っても、名前さんの歓迎会ですけど」

「....いつからそんな話があったんだ」

「唐之杜さんから今日提案を受けました。名前さんも了承済みだそうです。いいですよね?」

「はぁ....構わないが、あまり遅くならないようにしてくれると助かる」

「もちろんです、何かあったら必ず連絡しますから」

「誰かの部屋に集まるのか?」

「はい、唐之杜さんの部屋で行う予定です」


"日付が変わる前には解散しますから、出来れば寝ないで待っててあげて下さいね"と言い残してオフィスを出て行った常守は局長に用があるらしい

....あと5分か
常守が言った事はあながち間違ってはいない
朝目が覚めてその安らかな寝顔が目の前にある事に、どうしても安心と幸福を感じた

良かった
側に戻って来た
互いに潜在犯になりはしたがそれ以外は何も変わっていない
その不変さこそ何よりも価値がある


「もしかして、二係の新任執行官は奥様ですか?」


残り数分勤務時間で何度も時計を確認してしまう中、今の会話を聞いたのか隣の席に座る東金がそう聞いて来た


「あぁ、他係で関わる事はあまり無いとは思うが」

「心配では無いのですか?ここは危険も多く伴う職場だ」

「もちろん心配する」


....だからこそ俺も強くならなければならない
確かに名前にも射撃を上達させて、少しでも自分の身を守れるようになって欲しいが、結局はどこまで行っても俺の不安や心配は消える事は無い

常守に"甘やかすな"と言っておいて、実は何とかして名前を現場に出さないで貰えないかと要求したい
そういう意味では、俺が監視官ではない事が功を奏していると思う
今権限を持てば、確実に名前を特別扱いしてしまう


「先程のお話だと今夜奥様はいらっしゃらないようで、どうです?男同士一杯いかがですか?」

「....構わないが、妻が帰って来る前には切り上げさせて貰う」

「そちらの部屋に伺っても?」

「犬が居るが大丈夫か?」

「犬ですか、是非会ってみたい」































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「じゃあ名前ちゃんが戻って来た事を祝って!」

「「カンパーイ!」」


ぶつかりあるグラスや缶の音で幕を開けたパーティー
唐之杜さんが提案してすぐに集ってくれたのは、六合塚さんと常守さん
青柳さんも誘ったらしいけど、家で用事があるらしい

ここに来る前、一度伸兄と部屋に戻って私服に着替えた
この女子会については常守さんから聞いたらしくて、いつものように"子供扱い"された
『酒はあまり飲むな』
『帰りたくなったら正直に言え、無理に居座らなくていい』
『明日も仕事がある事を忘れるな』
とかって、心配性なのは分かってるけどいい加減私ももう子供じゃない

でもその些細な感情の現れから、"本当はただ早く帰って来て欲しい"という寂しさを見出して、慰めるようにそっと抱き着いた

私だって離れたいわけじゃない

結局耐え切れなくなったのか、私が部屋を出る直前で『出来るだけ早く帰って来い』と見送ってくれた


「この1年半の事、聞いても大丈夫?」

「はい、もう乗り越えましたから」

「本当にあのキャバクラで働いてたの?」

「裏で顧客情報を整理したり、お金を管理したりしてました。だから表に出る事はほとんどありませんでしたよ」

「なるほど....だから中々見つからなかったんですね....」

「....実は、接客を担当してた子がお店の前で公安に私について聞かれたって言ってた事があったんです。どれくらい私を探してくれてたんですか...?」

「それはもう朱ちゃん、ほぼ毎日行ってたわよね?」

「そ、そうですね....私よりも宜野座さんの方が大変だったと思いますよ。私は正直監視官として側にいただけで、資料まで作って纏めていたのは宜野座さんですよ」

「仕事で現場が廃棄区画だった時は、そのまま聞き込みに行くことも多くあったわね。結局別の事件での捜査中にあなたを見つける事になったわけだけど」


1年半もほぼ毎日....
....きっと色相を濁らせちゃってたかもしれない
常守さんも休みを使って伸兄に同伴をしていたのかもしれない

そう思うと、本当にいろんな人に迷惑をかけていた
特に常守さんには何から何まで....なのに


「....本当にすみませんでした」

「そ、そんな、いいですよ!」


頭を下げて謝罪した私の肩を掴んだ常守さんからは、覚えのある匂いがした気がした

....なんだっけ
絶対嗅いだ事ある
それも何度も


「私はお二人の幸せを願ってますから」

「本当よ、もし何かあったら私達に遠慮無く言いなさいよ?元監視官だろうが関係無いんだから」



....そうだ



「....狡噛さんの匂い」





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