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腕に繋がれていた管も無くなり、あとは首元の包帯だけ。
動かしてももう痛くないし、セラピーにあと二日通えば完全復帰出来る。

あの時は本当にどうなるかと思ったけど、もうすぐ何事も無かったかのように元の生活に戻る


「今日はもう上がり?」

「いや、まだ仕事が残ってる。少ししたら戻る」

「大変そうだね。同じ職になろうとしてたのがもう懐かしいよ」

「だから言っただろ、お前には務まらないって。人事課に今までの欠勤報告書、それと今週末までの欠勤願いを提出しておいた」

「忙しいのにありがと。今日は何持って来てくれたの?」


入院してから毎日、伸兄は着替え等と一緒に本物の花を持って来てくれる
新時代では非常に珍しい、ホロじゃなくて本物の植物

「....ひまわりだ!かわいい!」

「好きか?」


鮮やかな黄色が味気ない病室に色をもたらす


「そうだと思ったからこれにしたんでしょ?」


伸兄は私の事を本当によく分かっている
好きな色、好きな食べ物、好きな音楽、逆に嫌いなものも








「最近優しくない?」

「病人をいじめる趣味は無い。そもそもいつでもお前の為を思って言っている」

「はいはい、分かってるよ」

「分かってないだろ」


そう言いながらジャケットを脱いで袖を捲った伸兄は、バスルームからドライヤーを持って来た


「えっ、いいよ!」

「良くない。何度言ったら分かるんだ」

「まだ寝るわけじゃないし、そのうち自然に乾くって!」

「ダメだと言ったらダメだ。向こう向け」

「ケチ!」

「強引に向かせるぞ」


はぁ....
ここまで来ると仕方ない
渋々後ろを向くと、風の音と共に指が私の髪を絡ませる
案外気持ち良いものだ







数分後、途端に静かになった室内

「終わった?」

そう聞くも背後から返答は無い

「伸兄?」






「名前は、まだ狡噛が好きなのか」


何故そんな事を聞くのかと振り返ると、伸兄は何を考えているのか全く分からない表情をしていた


「ど、どうしたの急に」

「いいから答えろ」

「え....好きだよ、すごい好き。知ってるでしょ?」



何も言わずに真っ直ぐ私を見つめるその目は、やはり何を思っているのか分からない


「....そうか」


この重い空気の原因は何なのか
思い当たる節が無いのが問題



「ね、ねぇ、週末は伸兄も夕方で上がりだって聞いたんだけどさ、みんなに感謝したいし、刑事課一係の人でご飯しようよ」


元の服装にスーツを正す伸兄、もう戻るのかな


「聞いてる?」

「.....聞いてる、考えておく」

「あ、ちょっと、決まったら教えてね!」



病室のドアが閉まる前に慌てて付け加えたが、返事も無く行ってしまった


ドライヤーの熱風でさっきまでまだ暖かかったのに、私の髪はもう冷えていた






「本当に触れる...」


ここ数日毎日の様に本物の花に触れて来たけど、相変わらずホロじゃ無いことに慣れない







今日の伸兄は何だったの?
伸兄にはかなり前に私の気持ちは伝えた
言葉では反対されたけど、物理的には何もされなかったし、何だったらついさっきまで再び話題に上がったことすら無かった

私は見事監視官には成れなかったし、もうすっかりこの件に関しては放置されてると思ってた

なのに今になって急にこれだ
反対も賛成もしなかったけど、どうしてちょっと不機嫌だったのか


....まぁ伸兄の事だ
本当に何かあるなら、なりふり構わずダメだって言うはず
だから気にしないでおこう














































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「皆さん、先日は本当に!ありがとうございました!今こうして生きているのは皆さんのおかげです」

「俺たちは特に何もしちゃいないさ。それなら佐々山に言ってやりな」

「そうだよ名前ちゃーん、征陸さんの言う通り!だから何かご褒美頂戴!」

「ご褒美ですか?何がいいですか?」

「じゃこっちおいで」

「隣にですか?....わっ!」

「佐々山、よっぽど死にたいようだな」

「ちょ、ギノ先生マジトーンやめて....」


佐々山さんにお願いされて、立ち上がろうとしたところを伸兄に引かれて再び座らされた






私が望んだ食事会は、今こうして佐々山さんの部屋で行なわれている



「....で、でもちゃんとお礼の品は持って来たんですよ!大したものじゃないんですけど....」


お父さんにはペン、佐々山さんにはハンカチ、六合塚さんには髪飾りをそれぞれ渡した


「おー、名前からプレゼントなんていつぶりだろうなぁ...大切に使うよ」

「無くさないでね!」

「無くすわけないさ」

「なんで俺ハンカチ?」

「さすがにタバコは無理なので、思いつかなくて無難なものを....」

「どうせだったら名前ちゃんのパンツとか

「佐々山」

「こ、狡噛は俺の気持ち分かるだろ!」


狡噛さんはそんな人じゃない

“俺はハンカチでいい”とか言うのかな














...と思ってたのに

「俺は名前が選んでくれたものならなんでも嬉しい」


















....そんなのずるいよ狡噛さん

あまりにも予想していなかった言葉に思考が止まる





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