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せっかく今日届いたダイムの物も含めた二着のタキシードを早く見せようと足早に帰って来たと言うのに

宿舎の玄関を開けると明かりすらついていなかった

どうしても待てずに食堂に夕飯でも食べに行ったかと、俺はスーツを着替える為に寝室に向かった

扉を開けるとすぐに見えたのは、ベッドの上に座り込んでいる見慣れたシルエット
その隣には思えばリビングに居なかったダイム

明かりをつけると高校の制服に身を纏った名前が憔悴していた
何事かと話を聞いていると、再婚祝いに唐之杜から貰ったランジェリーが原因らしい
一度離婚している事は隠そうとして来たのに、思いの外早く知られてしまった
処分するなりすれば良かったものを保管していた俺自身の責任だが、ここまで来たらもう教えるしかないと観念した時だった


『いいよ、一時の過ちくらい....狡噛さんは思い切り殴って良いって言ってたけど、私にはそんな事出来ない!』


名前は離婚についてではなく、俺を疑っていた事にようやく気付いた
"抗えなかったのか"と言う質問を、離婚自体、又は厚生省に対してだと捉えていた俺は、名前にとってはとんでもない回答をしてしまった


恐らく感情を落ち着かせる為に部屋を出ようとした名前を、これ以上勘違いさせ続けるわけにもいかず


俺の胸で声を上げて泣き出した名前に、もう隠せない事を決心する
結局1ヶ月と少ししか保たなかったか....



「....あれは唐之杜から貰った物だ。俺の趣味でも、誰かと関係を持ったわけでも決してない」

「.....」

「名前....約一年半前に厚生省から通達が来たんじゃないか?」

「....え...?」


動揺を全面に出した声色
俺は一度スーツに泣き付くその身を離し、例の段ボールを引き寄せた


「ど、どういう意味....?離婚の事....?」

「....仕方なかったんだ」


留められているテープを剥がし蓋を開ける


「....そんな....私、ずっと....」

「....お前が独りだったという誰も認めていない事実を伝えたくなかった」

「....じゃあ....本当は私の名字は....」

「大丈夫だ、宜野座の姓はお前にしか渡さない。....俺達は1ヶ月程前に再婚したんだ」

「さ、再婚....?」

「本当は双方のサイン等も必要だったが、そこは唐之杜や常守が協力して裏道を使ってくれた。あの下着は俺達の再婚の祝いとして唐之杜から貰ったんだ。....俺は要らないと言ったんだがな」

「....離婚...してた....」


泣きはらした顔で放心状態のように"私何の為に1年半も"と呟いた名前は、やはり再婚した事よりも離婚していた真実に囚われている

俺は段ボールから自身のタキシードを取り出し、スーツのジャケットを脱いだ
シャツやネクタイ、スラックスはそこまで変わらないだろうと上着だけを着替えて見る

そんな俺を無言で眺める姿は、約10年前を彷彿とさせる
....高校生にプロポーズをするのは少し気が引けるが


「....届いたんだ....」

「あぁ、どうだ?」

「....聞くの?」


徐々に表情が明るくなって来た名前に、当たり前のように俺まで幸せを感じる


「聞きたい」

「.....」


子供のように伸ばされた両腕を見て、その要求を飲み込んだ俺はそっとその体を抱き締めた
....全く、名前とこんな痴話喧嘩をする事になるとは思わなかったな


「....似合ってるよ、でも他の人に見せないで」

「....はぁ、真似をするな」

「本音だよ」


まだ涙の跡が残る顔は、悲しんでいるのか喜んでいるのか
確実に負の感情を塗り替えられて来ている頬に手を添えて、互いの視線が交わるように顎を上げさせた


「名前、これからも俺の妻として側にいて欲しい。俺の名字を受け取ってくれるか?」


そう一般的な物事の順序が無視された言葉を告げると、俺より早く動いたのは名前だった
押し当てられた唇からはやや塩っぽい味がして、つい数分前まで号泣していた人物とは思えない


「くれなかったら奪う」

「....もう少し良い返事は出来ないのか」

「それくらい愛してる」

「....俺の台詞だ」

「ワン!」





それからすぐに今度はダイムにも犬用タキシードを着せた
俺が着ているのと同様にサイズは丁度良く、より写真撮影への期待が高まるばかりだった


「やっぱりダイムかっこいい!」


とダイムには直球な褒め言葉をかける名前に、俺は溜息を吐いた





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