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「そろそろ行くわよ」

「はい」


時刻は12時
酒々井監視官に指定されたメンタルケア施設へ向かう
青柳さんはこれを事件などとしては報告していないみたいで、実質的にはただの外出
万が一に備えて執行官を2人と、同行をお願いした私を連れて行く

スーツの上から矯正施設を退所した時に伸兄から貰ったグレーのコートを羽織る
着るのはあの時以来だ


昨夜伸兄に告げられた事は衝撃的だった
....実は離婚していたなんて....
廃棄区間から出れなかったのはそれを恐れていたからでもあったのに、本当は私が家を出た瞬間スキャナーに捉えられた色相で即座に離婚させられていた
厚生省は潜在犯に何の情けも無いんだ

でも私を見つけてくれた時、伸兄は指輪をしていた覚えがある
私が"名字"に戻っていた1年半の間もずっと、私を妻として、私の夫としてあり続けてくれていた
....そんな伸兄を私は疑ってしまったんだ

結局あの下着はつまりの事唐之杜さんが私に着て欲しいと贈った物だから、"今すぐ処分しよう"と言った伸兄を抑えて私がクローゼットに仕舞い直した
いつか実際に着てみるのも良いかもしれないと思って


オフィスを出て4人でエレベーターに乗り込んで、地下駐車場に降りる
青柳さんは黒のコート、須郷さんは緑のジャケット、蓮池さんは紺の上着で、普段スーツ姿しか見ない人達の個性が現れてて、一人で"意外だな..."等と心の中で行うファッションチェック


エレベーターの扉が開いて見えた駐車場も、昔は毎日来ていたのに
執行官になってからはやっぱりこのコートと同じく2回目


「後で宜野座君に怒られたくないからね。名前ちゃんは助手席で、あんた達が後ろに乗りなさい」

「そ、そんなに気にしなくても....」

「あら、そうなったら頑張らなきゃいけないのは名前ちゃんよ?私は何を言っても火に油を注ぐだけでしょうし」


....伸兄はそこまで無闇に怒りを出すとは思えないけど....

指示通りに執行官が3人乗り込んだ車は、青柳さんによってすぐに公安局から出発した


念の為に携帯させられたドミネーターは、この1週間かなり訓練を積まされたから大丈夫....だとは思う

窓の外の流れていく景色を眺める
そこには自由に歩けていた街
1年半前に約束して達成出来なかった外出は、次常守さんが非番の時に聞いてみるらしい
もう二度と二人きりでは出掛けられないんだよね....
常守さんなら気を遣ってくれるのかな....
そうやって私はその好意に甘えたいのに、伸兄は"あまり常守に迷惑をかけるな"と言う
確かに今までかなりお世話になったし、狡噛さんのタバコの件でも少し疲れていそうな
これでも一応7つも年上だし....大人にならなきゃ

伸兄によると、例の槙島の事件から常守さんはより一層無茶をするようになって、道を踏み外してしまわないか心配らしい
特に最近は透明人間の件で自宅にまで文字が残されていたり、立場上か性格からかあまり本音を曝け出さないのが気がかりだそう
....あのデートはそういう事だったのかな
常守さんにとっては元先輩監視官で、共に狡噛さんや槙島の事を見て来たから、伸兄を良き理解者と信頼してくれているのかもしれない

私も、伸兄は常守さんをそっと助けてあげる役割を担うべきだとは思ってる
監視官だった頃からキツい言葉ではあっただろうけど同じように心配性は発揮していた
....それが今はかなり優しくなってて、なんだか...寂しいというか....
あのデートだって、確かに私がダメだと言わない事を前提にして聞いて来たけど、それはつまり自分自身の思いとしても拒否するつもりが無かったって事
一応は他人の外出にわざわざ付き合うなんて、昔の伸兄じゃあり得ない

別に全然いいけどさ....
どう足掻いたって伸兄は私を思ってくれてるし
ただ、前はほぼ全くと言っていい程他の人を見ていなかった伸兄だから、その優しさは私の特権だと....どこか思ってたのかも
....別にいいんだけど



「ここよ」


その合図と共に一斉に車を降りると、ガラス張りで中の様子が外からはっきり分かるメンタルケア施設
建物の前は広場のようになってて、カップルとか多くの人が青空の下平和な昼時を過ごしている


「ここに、酒々井監視官が....?」

「えぇ、彼女自身がそう言っていた」


私にとってはこれが酒々井監視官との初対面になる
写真では見たけどどんな人なんだろう....


「あんた達はここに居なさい、仕事を増やしたくないでしょ?」

「了解」

「りょ、了解です」


そのまま施設の中へ入っていた背中を見届けると、すぐに待合室のソファに腰を下ろした青柳さん
でもなんでメンタルケア施設....


「えっと....私達はどうすれば....」

「様子を見ましょう。青柳監視官から何か命令が来ればそれに従います」

「そう言えばあまり話せてませんでしたよね、今日が初めての現場なんでしたっけ?」

「は、はい。足手纏いにならないよう頑張ります」

「そんなに緊張しなくても、俺達がちゃんとサポートしますよ」


....ガラ悪そうだとか思ってたけど、蓮池さんもいい人かも


「よろしくお願いします」































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「気分良いんじゃありませんか?先輩は。カムイがいるって証言者が増えて」

「...むしろ逆よ」


"カムイを呼んでくれ"と叫んでいた増田幸徳代議士を連行した霜月は、今度は二係から入った応援要請に出向く事になった

エレベーターの中、一係のまだまだ未熟な監視官と、近頃の疲労が気がかりな元後輩監視官とが目の前で繰り広げる会話を俺は黙って聞いていたが、考える事は名前の身の安全だ
応援要請が入った現場にはあいつも居るはず
正直心配や不安で気になって仕方ないが仕事は仕事だ
向こうには青柳も、こちらからは霜月、六合塚、雛河がいる
....大丈夫だろう


「連行ご苦労様、後は任せて。そっちも気を付けてね」


そう14階で開いたエレベーターを降りた常守に着いて行く
これから俺達は霜月が捕えて来た増田代議士の聴取に向かう



「メンタルケア施設....何故青柳はそんな場所に....」

「分からない....名前さんから聞いてないんですか?」

「....昨日はその...いろいろあってな....残念ながら何も聞いていない」

「タキシードに何か不備でも?」

「いや、タキシードは問題無かったんだが....前に唐之杜が俺に渡した再婚祝いを覚えているか?」

「はい、女性用のランジェリーでしたよね?」

「....それが名前に見つかってな。はぁ...あの時捨てておくべきだった」





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