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突入するべきだと提案した六合塚さんに、霜月監視官は何も命令を下さなかった為全員シャッターを見守るまま


青柳さんからの応答がない代わりに私達がいる外へアナウンスされたのは、男性の声でユーストレス欠乏症や、生きる喜びを脅かすメンタルケアだとか、最後にはカムイのように人々を救いたいという内容

ユーストレス欠乏症なんて都市伝説だと呟いた霜月さんの声に、私が思い浮かべたのはお母さんの顔
....確かに公には認められてない病気だし、私も信じているのかと言われれば分からない
でもあり得ないとも思えない

私がそんな事を思っている間、皆はやっぱり"カムイ"の名に驚いていた
カムイに救われたって、ユーストレス欠乏症を治してくれたって事?
でもあれは不治の病じゃ....


「....?あれは....」


護送車とドローンを何台も連れたパトカー
颯爽と停車し降りて来たのは刑事課三係の顔触れ
...と言っても初めて会うけど....


「ここは三係が預かる、こちらの指示に従ってくれ」

「そんな!何の権限があって!」

「禾生局長の命令だ。直ちに執行を開始する」


所属係を超えた監視官同士の会話はどう聞いても喧嘩でも起きそうな雰囲気
霜月監視官は三係に現場の指揮を取られたのが納得行かないのかな....


「須郷執行官だな」

「はい...」


そう見た事もない物を手にして近付いて来たのは確か....堂本監視官


「お前には重要な任務を担ってもらう。この銃で犯人を撃て」

「....これは一体....」

「新兵装の強襲型ドミネーターだ。壁越しに狙撃する事が出来る。使い方は普通のドミネーターと同じだ。頼んだぞ」


強襲型ドミネーター....?
何それ
聞いた事ない

そのやけに大きなドミネーターを手に早速動いた須郷さんを私は咄嗟に追いかけた


「私がサポートします!」


だってまだ何も出来てない
私も手伝いたい
同じ執行官としてこの場にいる以上、突っ立ったままなんて


「ありがとうございます」

「どこから狙いますか?」

「少し高さがある場所が望ましいんですが....」

「....あの2階にあるテラスはどうですか?」

「....正面で見晴らしもいい、あそこに向かいます」


良かった....
こんな些細な事でも貢献出来た事が嬉しい
実際このまま着いて行って一体どんなサポートをするのかと疑問には思うけど、この強襲型ドミネーターの設置とか....
....無理があるかな


須郷さんと共に入った建物は商業施設で、さすがに物々しい銃に不審感を抱いた店員さんが駆け付けて来た
そこで公安局刑事課である事を伝え、事件の捜査で2階のテラスを使いたいと申し出ると快く了承してくれた

エスカレーターの乗って辿り着いた2階


「こちらは公安局刑事課です!直ちに室内に戻って下さい!」


テラスに出てそこに居た数名の一般市民へ退避勧告を出す
やっぱりわざわざ抗う人もいなくて、スムーズに強襲型ドミネーターの設置に入れた


「下にバイポッドが見えると思いますが、それを広げて頂けませんか?」

「ば、バイポッド...ですか?」

「三脚のような二本の棒状の物です」


両手で抱えられるように持ち上げられたドミネーターには、確かに黒い棒が二本
それを引っ張ると、確かに三角形のように開いてやっとその使われ方を察した
銃自体を支える為の物だと思う

そのままそのバイポッドと呼ばれるらしい部分をテラスの欄干にセットした須郷さんは、一度照準を覗いた


「....慣れてるんですか?」

「....自分は以前、軍事ドローンのパイロットでした。その経験から遠距離の狙撃はある程度経験があります」

「パイロット....すごいですね」

「いえ、そんな....すみません、上着を預かって貰えますか?」

「は、はい」


言葉通り緑色のジャケットを脱いだ須郷さんから、直接それを受け取る
いつも通りのスーツ姿でドミネーターに向かい直した横顔は真剣そのもの

深く深呼吸をしたのが私にも伝わって来て
....緊張してるのかな

邪魔しちゃいけないと何故か息まで止めてしまう




そこから30秒くらい経った時だと思う

シャッターが開き始めたのが先か、エリミネーターに変形した銃のトリガーが隣で引かれた音とその先で"嫌な音"が聞こえたのが先か

私は今この瞬間あの中の誰かが死んだんだという事実に、どう呼吸をすればいいのかさえ見失った


『仕留めたのは犯人で間違いないな?』

「分かりません。犯罪係数が高い方を執行しただけです」


そう堂本監視官に答えた須郷さん
高い方って、じゃあ二人いたのかな


「いくつといくつだったんですか?」

「詳しくは覚えてませんが、大まかに290と340だったと思います」


もう一人はパラライザーの対象だったんだ....


「戻りま

「全員執行対象だ!逃すな!」


ここまで響いて来た堂本執行官の命令に、再び施設の方を振り返るとそこにはいくつものエリミネーターを向けられた下着姿で逃げ出して来た人々

私も素早く腰からドミネーターを引き出して銃口を向けると、確かに

"犯罪係数オーバー310、執行対象です
セーフティを解除します
執行モード、リーサルエリミネーター
慎重に照準を定め、対象を排除して下さい"


「....ここから狙えますか?」


撃つの?
私、人を殺すの?
助けを求めてる人を?
この引き金を引いて殺すの?

須郷さんの質問すら頭に入らず、手が震えていた間に


「っ!」


照準を定めていた女性が"消えた"

それを皮切りに、次々と執行されていく助けを求める人達

その光景に私は動けないどころか声も出なかった

こんな....
これが正解なの....?
狡噛さんなら引き金を引いた?
私が間違ってるの?
怖気付いてるだけ?

エリミネーターで固定されたドミネーターを構えたまま、赤い血が飛び散る広場から私の注意を逸らしたのは、パトカーのサイレン

今度は誰?
三係は全員ここにいるし、二係も後は波多


「っ....」

「やめろ!」


伸兄...
遠くからでも分かる焦った表情で、キョロキョロと辺りを見回している


「お前達....何をやっている!」


その力強い怒号と同時に伸兄と目が合うと、すぐに走り出した姿
そして最後にもう一度シビュラシステムが裁きを下した音がした





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