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「撃ったか?」


俺の質問にただ首を横に振った名前



聴取をしていた増田幸徳代議士が、講演の前日に毎回連絡をとっていた端末を特定したところ、その現在位置が渋谷区のメンタルケア施設だと判明した
そしてそれは二係が応援を要請した現場だった

そこに今カムイがいると踏んだ俺たちは直ちに現場へ急行したが、到着次第見たのは三係による大量執行と"応援を要請されたはず"の動いていない一係

あまりの光景に名前はどこだと辺りを見回したところ、施設とは反対の位置にある建物の2階にやけに大きな銃を構えた須郷の隣にいるのを見つけた

あいつにとっては初めての現場だというのに....
ショックを受けてしまっていないか心配に飲み込まれた俺は急いでそこへ向かった



テラスに着くなり目に入ったのは、脱力した名前の側で戸惑っている須郷
俺を見て"すみません"と呟いた声に返す言葉が見つからない
何も須郷のせいではない
全ては三係と局長の指示だろう

ドミネーターを片手に、腕には恐らく須郷の物であろう緑色の上着を抱え茫然としていた名前の肩をとりあえず掴み、あの銃撃に加わったのかどうかを聞いた
その返事こそが首を横に振った動作だった


「引けなかった...私、引き金を引けなかった....」

「それでいい、お前は間違っていない」


撃てと命令でもされていたのか、撃てなかった事に自分を責めているらしい
だがこれで本当は撃っていたら更に大きなトラウマを抱えていたかもしれない
俺でも公安によるここまで酷い現場は見た事がない
あれだけ訓練させておいてこう思うのは矛盾かもしれないが、撃てなかったのは不幸中の幸いだ

俺は名前から雑にその上着を奪い取り、横で突っ立っていた須郷に押し付けた


「宜野座執行官....」

「....それは何だ」

「強襲型ドミネーターだそうです....三係の監視官から狙撃するようにと....」

「....そうか、青柳からの連絡は」

「いえ、まだ....」


それなら尚更無駄話などしている時間は無い

名前の腕を掴みその場から連れ出すと、俺はそのまま常守が運転しつい先程乗って来た車に乗せた
今は他係だろうが関係無い


「しばらくここで待っていろ」

「でも、仕事....」

「大丈夫だ、お前は気にするな。青柳には俺から話をしておく。今はただ自分を落ち着かせる事に集中しろ、いいな?」

「....行っちゃうの...?」


そう不安そうな目で見上げてコートの袖を掴んで来た表情を、仕方なく短く強く抱き寄せる
側にいてやりたい気持ちは山々だが、この現場で勝手に抜けるわけにはいかない


「すぐ戻る」


ゆっくりと腕を下ろし袖から手を離したのを確認してから、俺は名残惜しく車のドアを閉めた

....今回ばかりはカウンセラーに連れて行こう
配属1週間で心的外傷でも負っていたらさすがに俺の手には負えない
しっかり専門家に診てもらった方がいい



再び合流した常守は三係監視官といがみ合っていた
だがそれに対して返って来ているのは"局長の命令だ"、"ドミネーターの指示に従ったまでだ"と繰り返したものだけ


「....常守、もうよせ」


俺はそっとその肩を叩き、メンタルケア施設内の調査を先にする事を促した

































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一係が乗って来たはずの車に乗せられ、その窓の向こう側では刑事課ほぼ全員で現場の調査をしている

なのに私一人だけここで休んでるなんて....


まだ血生臭い匂いが鼻についてる気がする
無数に不自然に途切れて行った叫び声と液体が飛び散る音

自分の感情がよく分からない
怖い?
悲しい?
辛い?
まるで見てはいけないものを見てしまったような感覚
こんなのこれから刑事として慣れなきゃいけないのに

"自分を落ち着かせる事に集中しろ"って、どうすればいいの?
こういうのを伸兄も狡噛さんも皆....皆見て来たの?

....私、やっぱり刑事なんて出来ないんじゃ....


自信がない
ドミネーターも、堂本監視官も撃てと言ってたのに撃てなかった
本当に撃っていいのか分からなかった
だって....
"助けてくれ"って叫んで....


コンコン


「っ!」



突然聞こえたガラスを叩く音に肩を震わす
私は急いで扉を開けて外へ出ようとした


「す、すみません....私は何をすれば...」

「いえ、そのままで構いません。捜査は間も無く終わる」


そう私を制止した東金執行官が車に乗り込もうと身を屈めたのを見て、私は席を詰めた
....そういえば東金さんもこの車で伸兄達と来てたっけ....


「犯人を執行できていましたか....?」

「えぇ、ですが強襲型ドミネーターで執行されていたのは別の人物だと分かりました」

「....」


もしかして逃げ出そうとしていた被害者の一人....?
でも須郷さんは犯罪係数の高い方を撃ったって....


「刑事課二係所属、青柳璃彩監視官」

「え....?」

「公安局の新兵装、強襲型ドミネーターによる彼女の死亡が確認されました」





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