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「そん...な....」


あの時私の隣で
須郷さんが銃口を向けた先が
....青柳さん...?

監視官である青柳さんの犯罪係数が犯人より高かったって事...?


「何をしている?」

「奥様の気が滅入っているようでしたので、元セラピストとしては放って置けない」

「気持ちは有り難いが、場所を譲ってもらえるか?」

「もちろんですよ」


そんな会話が横で聞こえていた気がする
気付くと隣には伸兄が戻って来ていて、私はその胸に抱き付いた


青柳さんが死んだ
私はその引き金を引いた須郷さんの隣にいた
目の前で何人もの被害者が執行された
私は引き金を引けなかった

何も出来なかった

監視官一人を含む大量の死が成された現場を前に、私は執行官としてただ見ていた

私は、どうすればよかった....?
勇気を出して被害者の執行を手伝うべきだった?
指示を出さない霜月監視官を無視して、六合塚さんと突入するべきだった?
須郷さんの"犯罪係数が高い方を"という考えを邪魔するべきだった?

何してたんだろ
私あそこで何をしたんだろ
一人の刑事として、私は何が出来たんだろ

分かんない....
分かんないよ...

もしかして私が居たからこんな事になったの?
私が居なかったら、同行させて欲しいって青柳さんにお願いしてなかったら、何か変わってた?
"仕事を増やしたくないでしょ"と待機命令を出した青柳さんに着いて行ってたら....

青柳さんも、閉じ込められてた人達も
まだ生きてた?




































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「....名前さん大丈夫ですか....?」

「分からない....」


車に戻って来て、すぐに抱き付いて来た名前はそれから一言も発さずにいる
呼び掛けても応答は無く、離れようともしない
仕方なくその背中をさすり続けてはいるが....

常守が運転しているこの車も、もうすぐ公安局に着く

また一人監視官を失った二係の執行官は、一係と三係に分裂する事になった
名前含め4人いる執行官が、一係に3人、三係に1人という分かれ方になったのは恐らくまた常守による配慮だろう


「公安局に戻り次第、今回の事件を受けて、監視官執行官問わず刑事課全員にカウンセラーによるセラピーが予約されました。名前さんに関しては、宜野座さんと二人で一緒に受けれるように手配してあります」

「何から何まですまないな....」

「いえ....私も名前さんが心配ですから。初めての現場だったんですよね....」

「....あぁ」


青柳が亡くなった
あまりにも突然過ぎた
しかもそれは犯人によって殺されたのでは無く、須郷が操作を任されていた強襲型ドミネーターによる執行

....信じられなかった

同期で公安局刑事課に監視官として配属され、所属係こそ違えどここまで約10年間共に戦って来た仲間だ

狡噛を逃そうと俺が企んだ計画にも付き合い、恋人を自らの手で執行しても監視官であり続け、俺が信頼を置いていた強い人間だった

....それの最期が、部下にドミネーターで執行されるだと...?
正直"ふざけるな"と言いたいところだが、犯人以外誰の非でも無いのは分かっている

当然だが、引き金を引いた須郷だって....


「着きました」


そう運転席からこちらを振り返った常守は、相変わらず事件に意欲的に見える
施設内には"WC?"の文字がまた発見され、カムイと呼ばれる透明人間が関与していることは確実だ
のめり込み過ぎて常守自身のサイコパスが濁ってしまう事に危機感を抱きはするが、"やめろ"と言って止まる奴じゃない

俺はそれより、今腕の中にいる存在の方が心配だ

....とは言え、そんな俺も青柳の悲惨な最期に未だ気持ちの整理が付いていない


「....大丈夫だ、名前の事は俺に任せてくれ」

「分かりました、何か必要であれば言って下さいね。私は局長と急ぎの話があるのでお先に失礼します」


車を降りて足早にエレベーターへと向かって行った常守をフロントガラスから見届けた




「....立てるか?」


その質問への返事として腕の力を強めた名前に、俺は溜息を吐いた


「置いて行かないと約束する。だから一度離してくれ」


そう要求すると案外素直に離れた名前は、泣いてはいないが落ち込んでいる様子

先に車を降りた俺は"掴まれ"とその体重を抱え上げると、しっかりと首元で腕が絡まった


「まだ行かないのか?」

「俺は一服したらすぐに向かいますよ」































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"犯罪係数142、刑事課登録執行官、任意執行対象です"


....素晴らしい
俺達が現場に辿り着い時は257
青柳監視官が死んだと伝えた時は283まで上昇した数値が、公安局に戻る道中でここまで下がるとは....

どんな時も濁らない常守朱とは違った面白さがある

母さんを翻弄させる程の信頼関係か
....崩したい





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