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「お二人とも犯罪係数や色相は問題無いでしょう。ですが、やはりまだ現実を受け止め切れていないようですね」


かなり久しぶりに会う向島先生
一応私の事情は伸兄から以前のカウンセリング時に聞いていたらしく、執行官の私には全く驚かなかった
ただ"お元気のようで何よりです"と

カウンセラーの順番が回って来るまで宿舎で休憩していた間、伸兄は何度も私は間違っていなかった事、私に責任は無い事、あの現場は異常だった事を私に言い聞かせた

私が思い塞ぎ込んでいた点を的確に突かれて、既にある程度落ち着いてはいたのもあって自然と沈んでいた感情を持ち直せた

でも、私も伸兄も乗り越えられてないのが青柳さんの死

私はその原因となった強襲型ドミネーターの隣にいた
伸兄は監視官になった時からずっと仲間だった
それに、私と違って身近な人の死を何度も経験して来てる
確かに私の両親も亡くなってるけど覚えてないし、本当の親のように慕っていた伸兄の両親も私はその大事な時に側にいれなかった
それに加えて部下だった佐々山さん、秀君
目の前でなくとも私より遥かに近くに居た

もう一人の同期だった狡噛さんもいない今、青柳さんを信じられない方法で失った伸兄は
....納得行くはずがない


「人の死を受け入れるのは確かに難しい事です。特に親しかった人となると殊更に。こういう時はどんな言葉や治療よりも、やはり効果的なのは触れ合いや時間を共有する事でしょう。お二人はこれまで見て来て、特に相性がとても良いですからね。強く思い合う者同士、支え合えるなら我々のようなセラピストに頼る必要はありませんよ」


その言葉を受けて隣を見て見る
....どうすればいいかな....

きっと伸兄自身も葛藤してる
監視官としてあんなにも最悪な最期は無い
本来捨て駒のように扱われる私達を気遣って外で待たせてくれていたのに、結局その部下に執行される事になるなんて....
それも"犯罪係数の高い方"

そのせいか、それとも次々と被害者が執行されていった光景のせいか、私も実はドミネーターに少しトラウマのような感情を抱えている

あの引き金を引いたら、誰かの命を奪うんだと
その対象がどんな人だろうが関係無い
300以上の数値を叩き出したら死ぬ
....こんな理不尽
せめてパラライザーなら私も"混乱している人々を落ち着かせる"という意味で賛成だけど....

それからもう少し向島先生と会話をして、私達の順番は終わりを迎えた
一応"どうしてもの時に飲んで下さい"とサプリを処方してもらって、失くさないようにポケットにしまった


「ありがとうございました」


上着を着直して伸兄の背中を追って行く
開かれた扉を背に、一度向島先生先生に会釈をした






「あ....」


廊下に出ると急に立ち止まった伸兄に、私もその方向を見る


「須郷さん....」


その表情は事件の事で責任を感じていそうだった
確かに真面目な人だし....
その当時に隣にいた者としては、同情というか、須郷さんに間違いは無かったとしか....

重い空気に私も口を開けない


「....一係に、異動になったそうだな」


結局一番最初に沈黙を破ったのは伸兄
やや低い声色に私まで緊張する


「....はい、青柳監視官は....あなたの同期で友人だった」

「....お前の上司でもあった」

「自分は....」


二人の間で何も言えない私は卑怯だろうか
ただ見ていただけの私には、どうする権利もない気がして


「....お前は潜在犯を執行しただけだ、何も間違ったことはしていない」

「しかし...!」

「ただ....しばらく俺の前に顔は見せないでくれ」

「ちょっと、伸兄....」


そのまま去って行った背と、俯いて動けないでいる須郷さん
どうするべきかと迷ったけど、須郷さんの性格もある程度分かってるつもりだし、これから一係で一緒になる者同士放っては置けない


「すみません....夫は須郷さんを責めてるわけじゃないんです、だから気にしないで下さい。私も夫も、青柳さんの事を須郷さんの責任だとは思っていません」

「....自分は、自分自身が許せない。あのような判断さえしていなければ....」

「なら私が許します。須郷さんは正しい事しました。堂本監視官から与えられた任務を適切にこなしていました。それはサポートをしていた私が証明します。....もし間違っていたと言うのなら、側にいた私も責任を負います」

「そんな、あなたは....」

「須郷さん....私も何も出来なかった事が辛いんです。例えば、あのテラスを勧めてなかったら?上着を預からなかったら?何か変わってたかもしれない。....そう思うんです」

「....名前さん....」

「....だから、私の為だと言ったらおかしいですけど、どうか自分を責めないで下さい」


そうやって自分よりも体の大きな男性に言うものの、私も強いわけじゃない
心は確実に弱ってる
でも私には伸兄がいる
今みたいに自分も辛い状況で私を優先してくれる
だからこそ須郷さんに言葉をかけてあげられるのかもしれない
....伸兄と拗れて欲しくないのも一つだけど、何より本当に真面目で良い人だって分かってるから
伸兄の態度を変に深く捉えて、より一層落ち込んで欲しくはない

そんな時に響いたのは私のデバイスのメッセージ受信音

"早く戻って来い"


「すみません....私はもう行きますね。一係でこれからも宜しくお願いします」


私は小さく頭を下げて、エレベーターへ向かった





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