▼ 283

「全く....いつまでそんな顔をしているつもりだ」

「....だって....謝罪の一言も無いなんて」


墓地に向かう私がオートドライブに設定した車の中、後部座席では名前さんがまだ納得していない様子


「どこに執行官に謝罪する監視官がいるんだ」


だけどそれにそう正論しか返せない宜野座さんも、完全には受け入れられていない証拠
ただ名前さんが上司である監視官と余計な摩擦を起こさせない為に落ち着かせているんだろう

そんな二人のやりとりを頭の後ろで黙って聞く私は、カムイの事で根詰まっていた精神を解されているような気分
ここまで優しい声色をする宜野座さんも、正直な心を晒け出す名前さんもお互いの前でだけ


「それでも伸兄の方がずっと先輩、監視官だって10年近く務めて一係をまとめて来た。異例の人事で考査とか相当優秀だったのかもしれないけど、何倍も経験を積んで来た先輩は敬うべきでしょ」


とは言え名前さんの思いも主張も間違っていない
宜野座さんは絶対に尊敬すべき監視官だし、私も霜月さんも是非学ぶべき事が沢山ある
これでも私は監視官として一係に配属されてからまだちょうど2年程で、今話題に上がっている霜月さんとは実際半年くらいしか変わらない
結局私達もまだまだ未熟で、執行官だとしても宜野座さんのような存在は貴重だ


「だがその結果俺は潜在犯に落ちた、俺のやり方は間違っていたんだ。敬われるべき点は無い」

「....なんでそんなに霜月さんの肩持つの。やっぱり若い子の方が好き?監視官で私よりエリートだし、そういう女の子の方がタイプ?」

「ふざけている暇があったら機嫌を直せ。それで親父に会うわけにはいかないだろ」

「お父さんでも怒るよ。自分の息子を理不尽に撃っといて謝りもしないんだから」


深い溜息をついた宜野座さんに、私も少し笑ってしまう

本当に名前さんは真っ直ぐだ
とにかくその存在が大切でそれを脅かす物には敏感に反応する
確かにこの件に関しては征陸さんも良い気はしないと思うけど、ここまで息子を大事に思ってくれる人が側にいるのを見たら幸せだろうな

征陸さんの笑顔が思い浮かぶ
....あの時、私がもう少し早く気付いていれば
そう何度思った事か
今回の青柳さんの件も、違う行動を取っていれば間に合ったかもしれない
例えば霜月さんに増田幸徳代議士の聴取をお願いして、私が二係の応援要請に応えていたら

この職についてから何人も身近な人を失った
止められなかった狡噛さんももちろん含めて
その度に後悔や自責の念に駆られる
それでも私のサイコパスは濁らなくて、"落ち込んでる場合じゃない"と考える

....青柳さんの為にも、透明人間カムイを捕まえなければならない


「私はここで待ってますので、お二人で行って来てください」

「いいのか?」

「もちろんですよ。それよりすみません、15分しか時間をあげられなくて....次私が非番の時は必ず外出に同行しますから」

「迷惑をかけてすまないな」


相変わらず私が望んでしている事を"迷惑"だと思っている宜野座さんは、泣き止みはしたものの未だ拗ねたように怒っている名前さんと車を降りていった

フロントガラスから見える、御供物を手に建物へ歩いて行く二人の背中の距離さえも微笑ましい
身長差から普段の歩幅は違うだろうに同じ速さで並んでいる

私は車の窓を開けて、タバコを一本取り出し火をつけた
風に靡いている煙を見つめる

....狡噛さん、名前さんは元気ですよ































ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「撃つ必要なんて無かったのに....私だって別に暴れてたわけじゃないし」


親父に渡す花束を抱えながら霜月への苛立ちを止められていない名前
話さない方が良かったかと思うものの、霜月のあの態度じゃ名前が何かしら嫌な感情を持つのは確実だ
それなら、突然爆発されるよりも前もって裏事情を知っておいた方が良いだろうと判断した


「名前、」

「なに、っ」


そう不機嫌そうに返事をした肩を抱き寄せる
数秒程意地を張ろうとした名前は、ゆっくりと俺の背中に腕を回した

本当に結婚してからは大人しくなったものだ
昔は俺の気も知らないで反抗するばかりで、その度に先に折れて甘やかして来た

俺が監視官1年目の時、帰宅すると誰も居なく"友達と出掛ける"とだけ連絡が入っていた事があった
どこに?誰と?何時に帰って来る?
と俺は不安に駆られたが、とりあえずは大人しく待った
21時になった時点で連絡も無く通話も取らない名前に流石に限界を迎え、探しに行こうと玄関で靴を履いた時だった
"ただいま"と何食わぬ顔でドアを開けた姿に、俺は心配していた旨を伝えた
だがそれに返されたのは
『怒んないでよ!』
『小学生じゃないんだから!』
『ちゃんと帰って来たんだからいいでしょ!』
等と俺の話を拒絶して部屋に閉じこもってしまった
夕飯は取ったのかとドア越しに尋ねても返事は無く、結局耐えられなくなった俺が謝る事になった

....正直今でも、ほとんどの喧嘩の結末に納得行っていないが、それで名前が側に居るならそんな事はどうでもいい
兄弟がいる同級生には、互いを嫌悪して会話もしないなどという奴らも多くいた
....想像も出来ない


「今夜は何か映画でも見るか?」

「....私が選んでいい?」

「あぁ、好きにしていい」


そんな簡単な事でも少しずつ笑みが増えて行く表情に安心する

せっかく親父の墓参りに来たんだ
どうせなら親父も名前の笑顔が見たいだろう



....母さんを幸せに出来てるか?
俺も必ず幸せにするよ





[ Back to contents ]