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あれから数日経ったが霜月の態度は変わらず、その度に俺は名前の様子に焦燥している
特に何も言ってはいないが、あいつが我慢しているのは分かる

昨夜も"嫌だと思わないの?"と不機嫌そうな顔をして聞いて来た点からすると、俺がそう言った対応をしないのも気にしているんだろう
霜月は俺より一回りも年下で、その上監視官としては何も間違っていない
そんな女性に対しとやかく言う方が、部下で年上の男がするべき事じゃない

その中でもまだいいと思えるのは、霜月は名前に対してはそこまで接しようとしていない事だ
人見知りでもしているのか、それとも気まずいのか
あまり直接名前と話さない
何かあっても常守か、稀に俺に伝言として伝えて来る
つまり名前が直に無礼を被る事は無い

そう霜月の事で気を張らせている間、もう一つ厄介な事がある
....俺はまだ、須郷が青柳を殺した件を根に持っている

須郷に非はない
"犯罪係数の高い方を撃った"というのは、俺がその立場でも同じようにしていた可能性は大いにある
青柳の死は犯人以外誰の責任でもない
仕事仲間である以上、こんな事で俺が避けているわけにもいかないのは分かっている
だがどう許してやればいいのかが分からない

それに加え、業務上必要なものだとは理解しているが名前と会話をしているのを見ると俺だけが取り残されたような気分になる
名前は最初から須郷を責めずに許していた
自身が隣で狙撃のサポートをしていた事も関係しているんだろうが、俺とは逆を行く態度が女々しい言葉を使うと"寂しい"

同じように青柳の死を悲しんだというのに
何故名前は平気な顔、いや、むしろ同情を含んだ心配そうな顔をしてその引き金を引いた男と顔を合わせる事ができる?
そして俺には須郷と仲良くする事を求めて来る

そういった意味は無いとはもちろん分かっているが、まるで須郷が正しく、俺が間違っているとされているようだ
....結局ただの惨めな嫉妬だと言われれば反論もできないが


少し前に休憩に出た名前は普段と違う行動だった
いつもは手洗いに行くわけでもない限り、俺が同じ当直でいれば共にオフィスを出る事が多い
それでもただの休憩に口を挟む必要もないだろうと思っていたが、15分を過ぎても戻って来なかった
これといって休憩時間に決まりは無いが、特別な事情でもない限り15分を基準としていた

念の為"どこにいる?"とメッセージを入れたところ、"分析室、すぐ戻る"と短い返信が来た
唐之杜にでも会いに行っていたのか?と考えていると、5分程してオフィスの扉が開いた

デスクトップの端で時間を確認すると、丁度昼時
俺は席を立ちその姿に歩み寄った


「昼食は食堂か宿舎の

「ごめん、私須郷さんに用があるから今日は自分で行って来て」

「....は?」


今、名前は何て....
須郷に用がある....?


「須郷さん、どうですか?」

「じ、自分は....」


そうやって俺の顔を見たのは名前ではなく須郷
....何なんだ突然
唐之杜が何か仕込んだのか?


「少しお話ししたい事があるんです」

「....分かりました」


それだけ言って並んでオフィスを出て行った二人に、俺は呆然とした
話したい事とは何だ
ここでは話せないのか
仕事に関する事か?

そんな俺に


「仕方ないと思いますよ」


と後ろから声を掛けたのは六合塚だった


「女性ってそういうものですから」


































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「須郷さん、最近リフレッシュとかしましたか?」

「....カウンセラーには...行っていますが」


こんな様子じゃ仕事も捗らないだろうに
上司を殺してしまっただけじゃなくて、同僚に顔を見たくないとまで言われるなんて
ちゃんと仕事に来てるだけすごいと思う


「こういう時はやっぱり体を動かすのが一番ですよ!好きなスポーツとかありますか?」

「空手やサッカーは好んでしますが、近頃はトレーニングくらいしかしていません」

「じゃあお昼の前にちょっとだけ行きましょう!」

「ど、どちらへ....?」

「トレーニングルームですよ!」


話を聞くより何か別の事に夢中になれる時間があった方がいいと思う
多分あの事件から仕事もそれの報告書作成ばかりで、透明人間も捕まってないし、伸兄も同じオフィスにいて青柳さんを殺してしまった事しか考えられてない
全てがずっと思い出させて来るだけで、忘れさせてくれる物が無いはず

それなら一時的にでも違う事に尽くせれば、心の負担も減る
....って私はセラピストでもないから保証はできないけど、少なくとも体を動かして汗を掻く事に須郷さんなら抵抗は無いと思うから





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