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「....名前、この後

「ねぇ大友さんって覚えてる?」

「....あ、あぁ」


何とか名前の機嫌を取ろうとした俺に、監視官の頃出島まで出向いた件で須郷が関わっていた話を持ち出される

昼休憩から戻って来た二人は、以前より若干親密になっていたような気がしたが俺は口を閉ざした
無闇に"何をしていた"と聞けば余計機嫌を損ねてしまいそうだからだ

そんな午後の勤務で霜月は相当気分が悪かったのか、局長に呼び出されているんじゃないのかと促したところ、"どうしてもっと早く言わないんですか!"等と自分が忘れていたのを俺の責任だと言った
その時ももちろん隣からは"苛立ち"が漏れていたが、ならどうしろと言うんだ
監視官のミスは結局いずれは俺達に降りかかる

とりあえず唐之杜からの忠告も含め、名前をこのままにしておく事も難しそうだと思い今日はとことん甘やかそうかと構えていたんだが....


「須郷さんが、その大友夫妻を自分のせいで失くしたって。だから今回の青柳さんの事もすごい気にしてたのかも....」

「....そうかも...しれないな」


退勤し部屋に戻って来てすぐ躊躇もせずに出されたこの話題に、俺はどんな顔をすればいい
出来るだけ変に反応するべきじゃないのは分かっている
....喧嘩にだけはしたくない


「明日軍事ドローンの実験場に行くんでしょ?須郷さんと仲良くやってね」


確かに明日は三係と合同で調査に出る事になっている
先の"初めての"事件の事を考慮してか、または偶然か分からないが名前は六合塚らと局に残る事になっている
そこに霜月もいるのが唯一心配だが....さすがに大丈夫だろう
あいつは名前には特に接して来ない


「....分かった、約束する」

「あと蓮池さんもね、見た目はちょっと怖いけど話してみるとすごい良い人だから」


なんなんだ
名前はわざとこんな話をしているのか?
これで俺への怒りを表しているのか?
曇り行く理性を押さえ付けるように俺は一度大きく息を吸った
その間にも名前は何食わぬ顔してスーツを目の前で脱いで行く


「....名前、何か欲しい物はあるか?」

「欲しい物?別に無いけど」

「この間花柄のワンピースを気になっていただろ、買ってや

「あぁ、でも出かける機会も無いし私服なんてほとんど着ないなって思って。普段はスーツばかりだし。私先シャワー浴びて来るね」

「っ、ちょっと待て!」


部屋着などの着替えを抱え寝室を出て行こうとした腕を咄嗟に掴んでしまう

...."買ってやってもいい"と続けようとした言葉は実は嘘だ
退勤直前に常守宛に購入申請を既に出しておいた
まさかここまで食い付かないとは....
明らかに普段より冷えた態度を取る名前に俺は焦っていた
これまでは喧嘩などで怒れば半ば徹底的に俺に反抗して来た
口を聞かない、出来る限り顔も合わせない等して、それでも時々隠せない甘え

だが今の名前はどう見てもおかしい
かと言って嘘を言っているようにも見えない
あのワンピースが欲しいかどうかは置いておいても、"なかなか着れない"と思っているのは本心だろう


「....その、シャワーは後でもいいんじゃないか?夕飯を済ませたら風呂も沸かせて一緒に入ろう」

「今日汗かいちゃって、時間なかったから浴びれなかったの」

「汗をかいた....?運動でもしたのか?」

「うん、須郷さんに筋トレ教えてもらった」

「なっ....」

「私も執行官だし、六合塚さんくらいには動けるようになりたいし」


須郷に教えてもらった....?
それなら俺でも良かっただろ
どうして須郷なんだ
どんな形で教えてもらった?
触れたのか?触れられたのか?

全く表情を乱さない名前を前に俺は気が狂いそうだ


「....なら今一緒に入ろう、俺が風呂の準備を

「いいよ、お腹も空いてるから早く出たいし。行って来るね」


そう俺から目を逸らした名前の腕を離すしかなかった

....そこまで怒っているのか?
俺が霜月の態度を放置している事がそんなに嫌なのか?
だが執行官の俺が直接何か言えるはずがない上に、霜月は間違った行動をしているわけでもない
それは名前だって分かっているはずだ

間も無く聞こえて来たシャワーの音を俺はベッドの上で項垂れながら聞いていた







それから確かに比較的早く浴室から出て来た名前に事前に好物を用意しておき、それを共に食卓で囲んだ

食事中の名前は、例のフットスタンプ作戦等について聞いて来て、俺は思い出せる限りの事を話した
その感想は

『せっかく気遣ってたのに、復讐に勝手に利用されるなんて....』

という須郷への同情だった

食後もしばらく一緒にテレビを見たが、実際には俺が"テレビを見ていた名前に近付こうとして"結果として一緒に見た方が正しい
その間、名前は普通だったと言えばそれまでだがどこか距離を置かれているような印象だった
俺が手を握れば受け入れ、声を掛けても返答はする

その微妙な空間に息が詰まってしまった俺も途中でシャワーを浴びに浴室へ向かった


この前代未聞の状況で、今夜は触れるべきなのか、そうじゃないのか
焦燥しきっていた俺は分からなくなっていた
しなかったらしなかったで、"愛してくれなかった"や"放って置かれた"等と責められる可能性もある
かと言って、"したいか?"と聞くのも違うだろう

そんな迷いを抱きながらリビングに戻るとテレビや明かりが消えていて、名前の姿が無かった

寝室では小さなランプだけが付いた状態で、半分だけ盛り上がった布団からは目を閉じただけの横顔
俺は同じようにもう半分の布団に潜り込み、こちらに背を向ける頭をそっと撫でた


「....もう寝るのか?」

「....うん」

「....俺は大丈夫だ、霜月の事で傷付いてなどいない。お前が心配する事は何も

「知ってる。もう聞いた。霜月さんに悪意は無いとか、伸兄は気にしてないとか、もう何回も聞いた。....でもそういう事じゃないじゃん....」





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