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「....いいよ、私が頑張って受け入れるから」


どうしようもないのは分かってる
伸兄だって気にしてないとは言え、霜月さんにあんな態度を取られて嬉しいはずはない
私が気にしてる事も知った上で何も言い返したりしないのは、やっぱり年下の上司と無駄に衝突しても意味ないから
そんな社会的なマナーというか常識みたいなものはさすがに理解してる

だからこそ伸兄はいつもと違って、私が本当に求めている事をしてくれてない
"いっそ霜月さんに対して怒って欲しい"という私の気持ちを無視する結果になっている

その代わりに今日はやけに私に甘くなってるのもさすがに気付いてる
ワンピースの事だって覚えててくれたんだって嬉しかった
お風呂一緒に入ろうって言ってくれたのも、夕飯は明らかに全部私の好物だったのも、テレビを一緒に見てくれたのも普通に幸せだった

でもこのままじゃ何も変わらない
いくら私が怒っても、こんな素っ気ない態度を見せても、伸兄が霜月さんに何か言えるようになるわけじゃない
結局私が大人になるしかないのは分かってる

....分かってはいるんだってば....


「....一年半ずっとあんな感じなの?」


背後から優しく頭を撫でてくれる手が心地良くて
振り返りたい欲はあるけど、どうしても馬鹿みたいな意地が許さない
困らせたいわけじゃない
でも何事も無かったかのようには出来ないのが本当の今の私
いつも通りに偽っても伸兄にはバレるし、私自身も余計に嫌な気持ちになるだけ
それなら、伸兄を焦らせたら何かしてくれるんじゃないかなんて迷惑極まりないわがまま


「時々だ。最初の内は話しかけて来る事すら稀だった」

「....好きだったりして」

「....はぁ....どうしたらそうなるんだ」

「伸兄、客観的に見て結構イケメンなんだからね。自覚無いと思うけど」

「.....」

「顔は整ってるし、背も高いし、最近は体も鍛えてる。モテてもおかしくないよ」

「....仮にそうだとして、霜月の態度のどこにそんな要素がある?」

「せっかく独身でチャンスなのに別れた妻を探してるなんて嫌に決まってるじゃん」

「....その腹いせとして俺に強く当たっていると言いたいのか」

「可能性は否定できないでしょ」

「だとしたら何なんだ、俺達に何の関係がある?」

「....嬉しくないの?」

「どうも思わない」


その冷めた反応が少しばかりでも嬉しい私は、最初から伸兄が喜ぶとは思ってない
結局そう言った言動を見たいだけなのかも
自分でも思う
....面倒臭いな私


「....まぁ、とにかくいいよ。この件は私が自分で何とかするから」


そう言って私はその手を後ろ手に払った
....なんとなく"伸兄には何も出来ないでしょ"なんて皮肉を込めて

こんな事を"見捨てられるかも"とか、"嫌われるかも"と危険性を全く顧みないでしちゃうのが私の悪い所で、同時に私達の良い所でもある

....そのうち慣れるのかな
霜月さんはそういう人なんだって
伸兄も気にしてないし、私がいちいち嫌な思いをする必要は無いんだって

でも伸兄への差別は許せた事なんてなかったな....
もしかして霜月さんが監視官で上司で、私達よりも立場が上にあるからより嫌悪を感じるのかな....


「....名前、確かに俺は上司である霜月と争うつもりはない」


....なんで寝ようとした直前にその言葉
背を向けてるとは言え眉をしかめる


「"おやすみ"って言えな

「だが、例外はある」

「....え?あっ....」


思わず振り返ってしまい、私を見下ろした顔と目が合ってわざとらしく逸らしてしまう


「俺は何と言われても構わない。侮辱されようが軽蔑されようがどうでもいい。....さすがに慣れた」


慣れたと言えるほど経験して来たという事実に胸が痛む
今になっても私はあの時助けられなかった、ただ守られていただけなのが悔しい
そして、その相手は私達の事なんか忘れて今もどこかで幸せに暮らしているのかもしれない

布団の端を掴んで顔を半分隠す
今更また背を向けるのは恥ずかしくて


「この間の報告書の件もそうだが、お前が不公平を受けるのは我慢出来ない」

「....そんな、私は....」

「お前だけだ」


何て言葉を返したらいいのか分からない
色んな感情が入り乱れて布団を完全に被る

暗闇に変わった視界の中で表情が溶ける

せっかく張ってた意地が無意味になっていく
こんな簡単に負けたくなかったのに
もう....


「....っ!やだ!」

「名前」


顔を覆っていた布団に手を掛けられ咄嗟に強く掴む
今めくられたくない
今その顔を見たくない

全て許してしまいそうで


「ワンピース、本当にいいのか?」

「なっ、物で釣らないでよ!」

「欲しいならそう言えばいいだろ」


ダメだ
伸兄は余裕を取り戻して来てる


「3つ数える内に顔を見せれば買ってやる」

「ちょっと、勝手に決めな

「3」

「ねぇ!」

「2」

「待って!」

「1」







「....随分大胆になったな」

「カウントダウン、止めたよ」


思いきり布団を剥いでその腿の上に乗った私は"0"を告げようとした唇を塞いだ

....無責任ではあるけど、好きで冷たい態度を取ってたわけじゃない
もちろん近くに居たい


「....ワンピース、買って」

「その前に聞きたい事がある」


そう体を抱き寄せられて慌てて首元に抱き付く
お風呂上がりのいい匂い


「....須郷とはどうしていた」

「どうしてたと思う?」

「.....」

「明日須郷さんに聞いてみたら?ほら話題の種だよ」

「今からトレーニングするか?」

「し、しない!何も無い!触られてもない!」

「はぁ....本当に眠いか?」

「....いや、だってまだ10時....」

「それなら付き合え」


と強引に迫られた熱に唐之杜さんの言葉を思い出す
....まぁ私が不自然なくらいに話を持ち出し過ぎたせいもあるけど


「ちょっ、そんなに急が、んっ...」

「お前が悪い」


的確な刺激に耐えるように掴んだ義手が冷たい





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