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『一般市民だと!?』

「国防省のドローンが乗っ取られただけでも驚きだけど、不特定多数にコントロールされるって言う前代未聞の事態よ。恐らく、当人達に自覚は無し。国境警備オペレーターが使う保護プログラムが利用されてる」

『保護プログラム?』

「サイコパスが悪化しないよう、現実と違うホロ映像を見せるやつ。ドローンのカメラ映像をゲーム画面に見せかけてる」

「ど、どういう状況ですか....?」


少し前に常守さんから切羽詰まったような連絡に、唐之杜さんは途端に人が変わったようにキーボードを叩き始めた
仕事には忠実なんだな....と思いながら眺めていると、"ハングリーチキン"というゲームに辿り着き、"これはまずいわね"と呟いた唐之杜さん

伸兄も結構焦ったような声の調子だったし、私も心臓が強く跳ねる


「一係と三係が調査に出た施設のドローンが、今一般市民によってコントロールされてる。皆ゲームだと思ってるけど、そこに映されたターゲットは朱ちゃんや宜野座君みたいに本当は生身の人間よ」

「....そんな、何とかして止められないんですか!こう、ユーザーのデバイスにハッキングとか....」


デコンポーザーも三発しか撃てないし、今現場にいる刑事課って10人くらいなはず
つまり最大で30機程のドローンしか止められない上に、全員が全員必ず的を外さないわけじゃない
それにもし万が一ドローンに....


「色々試してはいるんだけどね....ゲームは複数のサイトで公開、削除しても数分で再登録。イタチごっこね....港のドローン全て乗っ取られるのも時間の問題だわ」

『コントロールを奪って停止出来ませんか?』

「クラウドタイプだから....大元のプログラムをどうにかすれば....ただ、サーバーの場所が巧妙に隠されてて時間がかかりそう」

『早急な対応とプレイヤーへの警告を!増殖を食い止めて下さい!』


デジタル系に強い訳でもない私は、ただ心配と不安、恐怖に耐えながら落ち着かない
どうしよう
もしこれで伸兄に何かあったらと思うと、苦しいような辛いような

とりあえず何かしなきゃと立ち上がる


「えっと、じゃあ私は、....六合塚さん達に伝えて来ます!」

「ありがとう、お願いね」











そこからはまるで嵐の中にいるようだった

オフィスに戻ると六合塚さんしかいなくて、"局長に用がある"と言っていた霜月さんにはメッセージで分析室に来て欲しいと伝えた
でも私を嫌っているのか何なのか返事も無く、結局姿を現したのは唐之杜さんが通話を掛けてからしばらく後の事

それまで分析室では酒々井監視官を"二人"見つけたり、"霜月監視官を待って応援に向かう"と言った六合塚さんに同意見だと主張して、常守さんに即行却下されたり

ドミネーターが敵の手にある限り、執行官は来るべきじゃないって

....伸兄も執行官でその場に居るのに
ドローンだけでなく、敵のドミネーターに撃たれる可能性があるなんて
こんな時に私的な通話をするわけにもいかないし、ただ刑事課の一員として監視官の命令に従うしかなかった

とは言っても何も出来なくて、ホロレイヤーの解析などをする皆を霜月さんと雑賀さんとで眺めるだけ

そんな中、執行官を下がらせて自分一人で何とかしようとした常守さんに"無茶だ"と私も思ったけど、案の定それを心配した伸兄の言動にまた身勝手な寂しさをじわりと感じたり
須郷さんの知識のおかげで解決策が見えた事に喜んだり

そして、保護プログラムを解除してプレイヤーに現実を見せろと雑賀さんが行った提案
最初こそ六合塚さんも驚いてはいたけど、合流した雛河さんも含めてすぐに作業に取り掛かった

後に見事須郷さんの案で軍事ドローンの制圧に成功し、もう保護プログラムも解除しなくていいんじゃないかと思っていた時に都内で新たな事件が
....今度は公安局のドローンが乗っ取られた

街のど真ん中で無差別に市民を襲う光景に私も目を開いた
もし私が今執行官じゃなくて、昔みたいにただの一市民だったら....?
通りすがりの公安局のドローンに突然襲われていたかもしれない

その恐ろしさに息をするのも忘れていると、雛河さんの"出来た!"といういつもより張られた声
それを受けて"すぐに画面のホロを解除しろ"と、そういえば霜月さんの知らない所で進められていた策を口にした雑賀さんに、霜月さんは案の定反対した

正直私も霜月さんの考えはよく理解出来る
その時点で相当数の人がハングリーチキンをプレイしていた
子供もいたかもしれない
きっと誰にも悪意は無かった
なのに実は人殺しをしていたなんて知ったら....

その一方で雑賀さんが言った"一番手っ取り早い"という言葉にも同感だった
私は安全な分析室で見守っているだけだけど、思うのはやっぱり大切な人の安否
三係とは連絡が付かないし、デコンポーザーももう残弾が無いかもしれない
刑事になった身として"他はどうでもいい"と思うのは間違いかもしれないけど、何より大切なのだから仕方ない

結局監視官であるはずの霜月さんの事を、私たち潜在犯が全員無視する形で解除された保護プログラム
その結果ドローンは無事停止したけど、霜月さんの予想通り都内全域でいくつものエリアストレス警報が発令

それに対し

『こんなの全部対処しきれるわけないじゃん!』

と声を上げた霜月さんに返されたのは

『泣き言言うな、監視官だろ』

という間違ってはいない雑賀さんの言葉


これには私も少し可哀想だと、まだ18歳の女の子なのにこんな重い責任を負わされて....と同情してしまった
あれだけ勝手に嫌っていた霜月さんの人間的に弱い部分を見れた気がして
いつもただ強気で嫌味な人じゃないんだって感じた

....悪い点なはずなのにむしろ好感度が上がったのは、やっぱり人はあまりに高圧で完璧な人は苦手なんだ
弱点や自分と似た思考とかを見つけると何故か親近感が湧く

....私だけかな....


「出動しましょう、霜月監視官」





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