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「宜野座さん、誕生日おめでとうございます」
国防省と公安局のドローンが乗っ取られた事件から早1週間近くが経った今日は、2114年11月21日
ついに俺も30になった
そんな今日、名前は非番で宿舎で休日を過ごしていると思うが、刑事課でもとんでもない新たな発見があった
雛河の功績により、第一の事件で人質となっていたホロの女性に引き続き、立てこもり事件でも薬剤師のホロが15年前の飛行機事故の被害者であることが分かった
そしてその事故での唯一の生存者が、"鹿矛囲桐斗"
「非番に出来なくてすみませんでした....実は名前さんにお願いされたんです」
「名前が?どういう事だ?」
「きっと何か用意してくれてるんだと思いますよ、思い切り喜んであげて下さいね」
喜んで"あげる"という常守の言い回しに、誰が祝われる日なんだと心中で苦笑いする
俺は退勤を迎え執行官宿舎フロアに向かい、常守は88階、つまり局長執務室へ向かう為に共に乗り込んだエレベーターの中
常守の言う通りさすがに何かしらは用意してくれているだろうという事に、子供のように期待してしまっているのは否定できない
昨晩12時きっかりに"誕生日おめでとう"とは言われ、そのままハグなどの軽い触れ合いはしたがそのまま互いに就寝した
今朝俺が出勤するまでも特にこれと言っては何も無く、それこそ普段通りの朝
「明日はお二人とも午後の当直で組んでおきましたから、去年の分も含めて是非存分に楽しんで下さい」
「わざわざ気を遣わせてすまないな。お前も気持ちは分かるがあまり無理をするな。適度に休憩は挟んだ方がいい」
「私の心配は結構ですよ」
そう笑って見せた常守を残して俺は先にエレベーターを降りた
あれから名前は、霜月に対して少し感情が和らいだらしい
"霜月さんも大変なんだなと思って"と言っていたがドローン乗っ取り事件の時、初めて本格的に共に仕事をして何か見たんだろう
その霜月は数日前に一度、聞きたいことがあると言って俺をオフィスから連れ出した
滅多に個人的な話をして来ないからこそ、何事かと思ったが、
『東金朔夜執行官について、どう思いますか』
『親しいんですか』
『名前さんはどうですか』
などといまいちよく趣旨が分からない質問をして来た
"東金がどうかしたのか"と聞いても特に答えてくれず、ただ
『名前さんには言わないでください』
と言ってオフィスに戻って行った霜月
質問の後半では名前のサイコパスについて等、何故か名前についての内容が多かった
何かあったのかと不安になってみても、名前はいつも通り
霜月もその後は再び質問に来る事も無かった故、俺も気に留めない事にした
もちろんその後すぐ名前には、"何話してたの?"と聞かれたが霜月と"言わない"と約束してしまったため、嘘だと見抜かれる事を承知の上で"事件についてだ"と誤魔化した
案の定納得行かなそうな表情をした名前だったが、仕事中というのもあったせいか深くは追求して来ずそのまま忘れたようだ
宿舎の扉の前で一度立ち止まって息を吐く
一体何を準備したのだろうか
全く何も聞かされていない俺は、慎重にロックを解除して扉を開け....
パンッ!
「なっ!」
「お帰り!」
大きく響いた破裂音に横を見ると、クラッカーを手にした名前の姿
「誕生日おめでとう!」
そう言って勢い良く首元に抱き付かれ、バランスを崩しそうになった身体を慌てて支えるように片足を後ろに下げる
「どう!?今日頑張ったんだよ!」
いかにも"褒めて欲しい"と言ったような眼差しを向けられ改めて辺りを見渡すと、
"HAPPY 30th BIRTHDAY"とバルーンやら何やらで派手に飾られた室内
パーティー用の三角帽子を被った名前とダイム
その名前は、霜月の件でやや揉めた時に買ったワンピースを着ている
子供の誕生日会のような盛り上がりに、30にもなった男としてやり過ぎだとも思うものの、これを名前が一人で考え飾り付けたりしていたと思うとやはり愛しい
「終わったらちゃんと片付けるんだろうな?」
「....もうちょっとマシなこと言えないの」
明らかに落とされた肩を微笑ましく思いながらそっと抱き寄せる
拗ねたように眉を顰めた表情は昔から変わらないな
「ありがとな、嬉しいよ。片付けは一緒にしよう」
「最初から素直になればいいのに」
すぐにまた何よりも俺に幸福を感じさせる笑顔に戻った名前は、"はい、伸兄も"と同じ帽子を俺の頭に乗せた
「....俺も被るのか」
「もちろん!伸兄は主役なんだから絶対だよ」