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「まずは、伸兄と言えばやっぱり欠かせないのはパン!」


俺の腕を両手で掴みながら引かれた先のリビングのテーブルには、大量の様々なパン
ソファに強制的に腰を下され、隣に座った名前が帽子を支えながらテーブルに手を伸ばす
....15個くらいはありそうだが....


「これと...これ、食べてみて!」

「....何か違うのか?」

「いいから!」


渡されたのは、見た目はそっくりな二つのバターロール
右手に持った物から口に運ぼうとした瞬間、期待が強く詰まった視線を一身に受ける


「もう一個も食べて」

「そう急かすな」


交互に二つとも一口ずつ噛った結果、確かに違いはあった
右の方が柔らかく風味も濃く、左はまだ温かく香ばしい良い香りがした
....食べずともその名前の反応で企んでいる事は察しているが


「....どう...?」

「"どっちの方が美味しいか"を聞きたいのか?」

「うん、正直に答えて」


喜んで"あげて"と常守から言われたからではなく、俺は純粋に左が好きだと感じた
味は間違いなく右の方がいいが、きっと左は名前が作ったものだと理解しているせいだろうか
レシピを見ながら生地を捏ねたりしている様子が目に浮かぶようで、"思い"が込められている美味しさがある
....なんて言ったら、自分でも思うがさすがに気持ち悪いか


「どっちも美味しいが俺はこれが良い。買って来たのか?」


と言うと花が咲いたようにパッと開いた笑顔
俺の誕生日のはずが名前の方が笑っているなと思ったが、それが俺もこの上無く嬉しいのだから結局はお互い様だ


「本当!?本当にこっちの方が好き?」

「あぁ、どこの店だ?」

「ふふっ、あなたの愛する妻が心を込めて作った物ですよ」


そう得意げそうに言って見せた名前に、どうも愛情が止め処なく溢れて来る


「もう片方は購入申請してパン屋さんで買ったやつな、え、待っ


黒く艶のある髪に掬うように指を通して掌を当てた後頭部を引き寄せて、感情に従うまま触れた唇
後ろで俺の頭から滑り落ちた三角帽子が音を立てた

近付いたその温もりからもパンの甘く香ばしい匂いが漂う

ゆっくり確かめ合うような触れ合いに、ダイムが見守るリビングで互いに更に距離を詰める
俺の両肩に添えられた手から少しずつ増して行く力を感じ取って、吐く息が交わる程度に解放した


「の、伸兄....」


少しばかり荒げた呼吸をしながら俺を見上げた名前は、気恥ずかしそうに目を逸らして
その表情ですら俺の欲を煽るようで、理性を強引に引き出して制御する


「プレゼントは無いのか?」

「....わ、私がプレゼント」


と耳を疑うような台詞を目の前で呟かれ時が止まったかように静かになる
自分がプレゼント....だと?
....嬉しくない訳ではないが、そういう事じゃないだろ

とは言え、ふざけているようにも見えない


「って言ったら....?」

「....本気にするぞ」

「....したいの?」


何なんだ
そういった雰囲気でも普段はここまで強張らない
なのに今は、ワンピースの布地を強く握って目を泳がせている


「....ごめん、何でもない。忘れ

「ちょっと待て、お前はどうしたいんだ?」

「どうって....まぁ....その....」


妙な反応に、触れて欲しいのか欲しくないのか真理を捉えられない
ただ俯いて口を開いては、特に言葉を発さずに閉じる事を繰り返している


「....後ででもいいかなって...?」

「....俺に聞いているのか?」

「いや、うん、えっと....伸兄の誕生日だから、好きにしてくれれば...とか...」


あまりの不自然な態度
少し様子を見てみるかと、一定の理性を保たせたままソファに沈めた白い首筋に顔を埋めると


「っ」


小さく肩を震わせ俺のスーツの袖を掴んで来た


「....どうした?」

「....き、緊張して....」

「この後に及んで緊張するのか?」

「心の準備が...まだ出来てなくて....」


心の準備?
どういう意味だ
いくら考えても思い当たる節も何も無い


「生理が来ているのか?」

「....知ってるでしょ、この間終わったばっかりじゃん」

「なら体調はどうだ」

「普通...かな」


埒が開かない態度に俺はもどかしくなるばかり
いくら自身の誕生日とは言え、名前に無理はさせたくない
籠り行く熱を引き留めながら、目元を腕で覆った名前の様子に慎重になりながら、ワンピースの胸元のボタンに手を掛ける

本当にこのまま進めていいのか?
確証が無いなら止めるべきではないのか?

そんな事を考えながらも前のめりな欲




頬に口付けを落としつつ二つボタンを外して顔を上げた俺は


「っ!」


そこに現れた光景に強く心臓が脈を打ち全身に伝わったのを感じた

清らかな肌を強調せるような黒いレース素材で際どくあしらわれた花の刺繍
補正効果でもあるのかやや大きく見える膨らみ


「お前....」


....唐之杜が俺達の再婚祝いに贈ったランジェリー
その官能的過ぎる視界にもう全てがどうでも良くなった


「....や、やっぱり趣味じゃ、なっ!んっ」


歯止めが効く気もしないが効かせたくもない

確かに趣味じゃないと言ったが所詮俺も男でしかない
....名前じゃなければ話は別かもしれないが

顔を覆い隠そうとした手を掴んで義手である左手の指をを手袋越しに一本ずつ絡める


....パーティーは後回しだ





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