▼ 296

「ねぇ起きてよ」

「....少し休ませてくれ」

「まだご飯も食べてないじゃん」

「....後でいい」


もう外はすっかり夜だし、ダイムだってお世話してくれるのを待ってるのに

誰が悪いわけでもないけど、体力をかなり消耗してしまったらしい伸兄はソファに沈み込んでいる


「鍛えてるのに、老化には抗えないんだね」

「....1歳年下なだけで調子に乗るな」


汗をかいているのかちょっと湿っているようなワイシャツの胸の上にうつ伏せで乗る私も、疲れてないわけじゃない
このまま眠れるくらいには強く疲弊させられた

"趣味じゃない"って言ってたし逆に幻滅したりするのかなと思いながらも、せっかく誕生日だしと身に付けてみたランジェリー
途中で何度も"やっぱりやめようか"って着替えようと思ったけど、室内の飾り付けとかに忙しくて結局着替える機会を得ない内に常守さんから"エレベーター乗りましたよ"とメッセージが来た

元々は夜そういう雰囲気になったら、サプライズくらいのつもりでいた
でもよっぽどパンに喜んでくれたのか、ワンピースが似合ってたのか
かなり早くに甘い空気になってしまって、もう引き下がれないとは思いながらも、"あれ"を見せる覚悟が出来なくて
どうしたらいいのか分からず迷っているうちに見つかってしまった

反応が怖くて、自分自身もあんな物を着ていて恥ずかしくて顔を覆っていたから具体的に伸兄がどんな様子だったのかは分からない
でもまぁ....こうやって疲れ切ってしまっているのを見ると答えは分かる

もちろんその欲を受け止めていた私もしばらくは動けないでいた
だけどせっかく色々準備したものがある
それを無駄にさせたくはないという思いから、アドレナリンでも出ているように元気


「ダイムも待ってるよ?植物達の世話とかどうするの?」

「まだ7時だろ、大丈夫だ」

「このまま寝たら明日になっちゃうよ!ほら、目は開けて」

「....なら着替えて来い、いつまでもそのままの格好でいるな」

「なに?見たらまた欲情しちゃうって?」

「はぁ....」

「私そんなに魅力的?」

「余計な事言ってないで服を着ろ」

「ほら、すぐそう雰囲気無いこと言う!せっかくの誕生日で愛する妻が頑張ってるのに酷くない?」


胸板を叩くように手をつけて体を持ち上げて、腹部の上に馬乗りになる
腕で目元を隠して部屋の照明を遮る様子に、本当に寝ちゃうんじゃないかと焦って、ネクタイを軽く引っ張ってみたり

私の肩には全てが終わった後に掛けられたスーツのジャケット
中は例のランジェリーのまま


「....お前にそういった物は似合わない、さっさと脱いで部屋着にでも着替えろ」

「"似合わない"って言う割には脱がそうともしなかったじゃん。意外と好きな


んじゃないの?
と続けようとした言葉を急に起きた体に遮られて、その反動に方からジャケットが落ちた

途端に少し肌寒くなった空気の中、腰を抱き寄せられながら降り注ぐキス
"どうしてまたいきなり"と考えはするものの、甘い感覚に堕ちて....


「んっ!?」


背後で背中へと登っていく手に特に気にしていなかった瞬間
胸の締め付けが急に解放された感覚に慌てて胸元を抑える

まさかもう一回


「つ、疲れてるんじゃなかったの!?」


それ以前に私の方が無理だと拒否しようとしたところ、着ていたもう一度ジャケットを今度は前から反対に、体を隠すように被せられて、私から剥ぎ取ったランジェリーを手にした伸兄はゆっくり立ち上がった


「着替えたら下のも捨てろ」

「なっ、捨てないでよ!貰い物なのに!」

「趣味じゃないと言っただろ」


"こんなのはもう二度と御免だ"と本当にゴミ箱に向かって歩いて行ってしまったのを追いかけるのも遅く
私がソファから立ち上がった時には、生ゴミと混ざってしまっているのが見えた


「夕飯にするから早く着替えて来い」


....唐之杜さん、ごめんなさい....






仕方なく入った寝室で部屋着を取り出してから、徐にベッドに腰掛ける
プレゼント、いつ渡そうか
"ランジェリーを着た私"がプレゼントって言うのはただ言ってみたかっただけで、ちゃんと用意してる

何をあげるか悩みに悩んだ結果、手紙を書いてみる事にした
どんな物でも買えるなら買ってるだろうしと思ったのが大きな決め手

そのまま渡すのは目の前で読まれたらと考えると私も恥ずかしいし

....そうだ、スーツのポケットにでも入れておこうかな

サイドテーブルの引き出しに隠しておいた風通を取り出して、ちょうど着ていたジャケットのポケットに手を入れ....

ん...?

硬い厚紙のような物に指が触れた感触で取り出してみると、比較的小さくて女性的な可愛いデザインのバースデーカード
既存のメッセージ以外には特に何も無くて、誰からなのか分からない

常守さんかな...?

とりあえずはそれは脇に置いて、代わりに自分が書いた手紙をポケットに入れたジャケットをハンガーに掛けた

....脱ぎ捨てたもう片方のランジェリー
捨てろと言われたけど本当にいいのかな....
でもセットである上が無いと意味ないよね....
せっかくくれた唐之杜さんには申し訳無いけど、もう捨てるしかないと意を決してゴミ箱に入れた



用意した部屋着に着替えて、再びバースデーカードを手にして寝室を出ようとした
その時だった

偶然カードの裏を見たところ、右下の方に小さな文字で
"Mika"

みか

え、....美佳?


「....霜月さん?」





[ Back to contents ]