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結局変に不安になった私は急いで自分のクローゼットのスペースに隠してしまった
例えばあれが常守さんとか、六合塚さんなら"良かったね"って素直に言えるんだけど....

よりによって霜月さんとなると....ドローン乗っ取り事件からいくらかマシになったとは言え、消して嫌悪感が無くなったわけじゃない

....あの時は半ば冗談だったけど、もしかして本当に好きだったり、する?


「....どうした?」

「べ、別に、ちょっと考え事」


間も無く終わりを迎えそうな食卓で、ずっと考えていたのはバースデーカードの事

確かに単純に仕事仲間として祝っただけかもしれない
それに、仮に好意があるとしても伸兄が振り向くわけでもない

でも何だか....良い気はしない


「ケーキ用意するね」


そう言って立ち上がって私は冷蔵庫へ向かった
扉を開けて取り出したのは、購入申請して買った小さめのホールケーキ
キッチンからナイフやお皿を取り出して、2ピース分切り分ける

どうしよう....
霜月さん事では散々揉めたし、これ以上また伸兄にその話題を出したくない
それに、今回は悪い事ではないし....
伸兄の誕生日を祝ってくれた
妻である私としては感謝するべき事

....でも


「痛っ!」


突然感じた鋭い痛みに手元を見ると滲み出る鮮血
何故か頭が上手く回らなくて呆然とその様子を見めていると、気付いたら右手からナイフを抜き取られていて隣には救急箱を持って来た伸兄がいた


「名前!」

「え、な、何?」

「"何"じゃない!傷口を水で流せと言っただろ!」

「....あ、ごめん」


いつもの如く怒鳴る様に心配されて、大人しく台所の蛇口のレバーを上げて指を流れる水に当てる

冷たくて気持ちいいなんて思ってると、急に水を止められ手首を掴まれた私は適切な処置を受けていた


「名前、どうしたんだ?何を隠してる?」


そう私の指に絆創膏が巻かれていく

どんなに頑張ってもこうやって気付かれるとは分かってた
いっそ別に聞いてしまっても良いのかもしれないけど、また霜月さんの件を蒸し返したくはない
....と思っていても気になる気持ちは止められなくて


「....その...誕生日、私以外に誰かに祝ってもらった?」


自然とそう口にしていた

...全然別人の"みか"かもしれない
でも他に"みか"なんて私は知らない
霜月"美佳"じゃなかったら?
それなら私は気にしない?


「一係の奴らが口頭で"おめでとう"と言ってくれたが、それだけだ」

「....プレゼントとか、何か貰ってないの?」

「常守から小物入れを貰ったがデスクに置いて来た」

「それだけ....?」

「何が言いたいんだ?」


霜月さんは?
と聞けない
今こうして言ってくれなかったって事は、嘘をついているか本当に貰ってないか
....という事になるけど、嘘を言ってる様子は無い

じゃあ....どういう事?

貰った事に気付いてない?
裏を返せば、伸兄に気付かれずにポケットに入れた?
何で?
恥ずかしくて?

だとすると余計霜月さんじゃないかと思ってしまう
いつもあんな態度だから今更"誕生日おめでとう"なんて言えない....とか


「....いや、その、ほら去年祝ってもらえなかったって言ってたから....今年はどうだったのかなって....」

「....名前、何を

「とにかくケーキ食べよ!パン作るので精一杯だったからケーキは作れなかったけど、美味しいって評判のお店で買ったの」







食事が終わってすぐ、"食器の片付けは私がするから"と伸兄に先にシャワーを浴びて来る事を勧めた
一人になったリビングで素早く片付けを終わらせ、ソファでダイムとぼーっとする

昼間張り切って飾り付けた室内も、なんだか馬鹿みたいに思えて来て
テーブルの上に置いてある二つの三角帽子を見つめる

....なんでこんな不安になってるんだろう
心のどこかでは、伸兄が嘘を付いてる可能性を否定出来ないでいるのかもしれない
私が霜月さんに良い感情を持ってない事を知ってるから、余計な摩擦を生じさせない為に....とか

左手人差し指に巻かれた絆創膏
浅い傷だったから痛みはもう無いけど、脈を強く感じるような


しばらくそのまま動けないでいると、浴室の方向から扉が開いた音
スーツからラフな部屋着に着替えた伸兄の義手がそのまま見える
"手入れだ"って取り外したのを初めて見た時は衝撃的だったけど、今でも外す習慣はまだ見慣れない

息を吐きながら隣に腰を下ろした伸兄からはお風呂上がりのいい匂い
きっと私の態度に心配してるんだろうけど、無理に聞こうとしないのは昔と変わったような気がする


「本当はVRのゲームしようと思ってたけど、疲れてるもんね」

「....俺のせいじゃないだろ」

「じゃあ私のせいなの?」

「.....」


ゆっくり映画を見る事に決めた私達は、ソファで寄り添うように画面を見ていた

そういえばまだお風呂....と思ったのが先か、暖かい夢を見始めたのが先か
繋いだ義手の手を離さないように握りしめてた覚えだけある





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