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「....ぅわっ!痛っ!」


と鈍い衝撃音で始まった、11月22日朝
体を打った感覚で目覚め、見渡すとどうやら伸兄の膝で寝てたところから床に落ちたらしい
その伸兄はというと、ソファの肘掛けに横に寄り掛かりながらよっぽど深く眠ってるのか起きてない

デバイスで確認するともうすぐ9時になりそう
この時間で起きないなんて、伸兄にしては珍しい

それにしても昨日"頑張った"せいか、寝た体勢が悪かったのか、それともソファから落ちたからか腰が痛い
....大口叩いといて私も年取ったのかな
学生の時は一日中遊び回っても体が痛いとか無かったのに

付けっぱなしになっていたテレビを消して、寝室から毛布を持って来る
10時になっても起きなかったら起こした方がいいかな....
そんな事を思いながら毛布を掛けてあげると、意外な物を見つけた

全く気にした事も無かったけど、やっぱり伸兄も男だもんね
そっと顎下に指先を当てて"ジョリジョリ"してみる

普通の距離なら気にならないくらいにしか生えてないけどその感覚が新鮮


「...っ!」


突然少し顔を顰めてそっぽを向いた反応に起こしてしまったかと慌てていると、また寝息を立てながら静かになった


それからはシャワーを浴びたり、ダイムにごはんを用意したり、まだ昨日の装飾が残っている部屋の中で平和な朝をゆっくり過ごす
バスローブを着たまま太陽の光で溢れる部屋の中を歩き回るのは、なんだかセレブにでもなった気分
調子に乗った私はオートサーバーでコーヒーを作ってみたけど、あまりの苦さにすぐ吐き出した
私も来年で30なのにな....

ソファで眠る伸兄は全く起きる気配も今の所は無くて、顔に落書きでもしようかとペンを探す
部屋の装飾をつける時に使ってキッチンに置きっぱなしにしたものあったはず
その記憶通り青いペンを見つけた私は、それを手にソファに戻ると


「え...?」


....泣いてる?
目元からは一筋の濡れた跡があった
嫌な夢でも見てるんじゃないかと思った私は、そこから覚ましてあげたくて


「の、伸兄!起きて!」


10時まであと15分くらいあるけど、起きてもいい時間だと肩を掴んで揺らす


「もう10時になっちゃうよ!ねぇ!」

「....名前...?」

「やっと起きた、そろそろ起きないと遅刻す

「良かった、良かった....」


目を開けたかと思えば、幽霊でも見たかのような眼差しで私を見て、そう強く抱き寄せた
苦しくなる程に腕の力を強められて、肩で交差された頭では顔が見えない


「....やっぱり夢見てた...?」

「....夢だとは気付かなかった、お前が....事故で....」


苦しそうにする声を落ち着かせるように背中をさする
夢の中ならともかく、起きてもまだ泣くなんて
目が覚めたら夢の内容なんてすっかり忘れちゃう事も多いのに


「助けられなかった....俺は...」

「もう夢は夢なんだから!私は元気だよ。それに昨日はせっかく誕生日だったんだから、そんな縁起悪い事言わないの」

「.....」


それでも離してくれない伸兄は、今度は子供みたい
こうやって甘えられるのは嫌いじゃないけど、どうせなら笑って欲しい

"葬式で"とまた語り出そうとしたのを強引に"朝ご飯は昨日のパンね"と被せて止める
私だって朝からそんな話聞きたくないし、いつまでも夢なんかで悲しんで欲しいわけない


「そういえばさ、ちょっと髭生えてるよ」

「....髭くらい生えるだろ」

「わざと生やさないでよ?似合わないから」


やっと緩められた腕の力に体を引き離すと、潤いを纏いつつもまずそうに俯いた視線
やっぱり泣いてるのは見られたくないんだね
しかも夢で泣くなんて、馬鹿にされるとでも思ってるのかな


「ほら、ご飯食べよ。午後から仕事

「もう少し....側にいてくれ」

「どこにも行かないよ、ご飯も一緒に食べるから」


という説得に答えもせず、再び私を抱きしめ込んで訪れた沈黙

....そんなに夢にのめり込んでたのかな....
そりゃ私だってもし伸兄を失くす夢を見たら辛いけど、起きたら夢だった事にほっとしてそこまで気にしなくなりそう


「....ねぇ、写真はいつ撮りに行けそうなの?」

「....常守の事だ。今の事件が終わるまでは止まらないだろうな」

「じゃあポーズとか、考えておこうよ!和装は特にさ」


ちょっとでも別の明るい話題をと、自分も気になっているウェディングフォトの話
途中で離婚していた期間があったとはいえ、もう結婚してから2年近くも経つ
お父さんも....約束した写真待ってるだろうし

ちょうどテーブルの上に置いてあったタブレットを取って膝に乗せる
ブラウザを開いて検索欄に"ウェディングフォト ポーズ"と入力すると


「....わざわざ準備しなくていい、自然な瞬間を残したい」


これでもかという程距離が近いものや、そのままキスしてしまってるもの
"人前"というのが苦手な伸兄には難しいのかな


「キスくらいいいじゃん!夫婦なんだから」

「....人に見せるものじゃない」





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