▼ 03
「今日は一段と賑やかだな」
「あぁ、一年前を思い出すな」
「ギノはあの日遅刻しかけたよな」
「....やめてくれ」
真新しいスーツに身を包んだ初々しい10名程の男女達が、何度もガラス張りの刑事課の前を通り過ぎていく
同じ団体ではなく、通り過ぎるのは毎回違うグループ
初日の新人研修だ
公安局に新任した職員達が、いくつかのグループに分かれて公安局ビル内を案内される
一年前のこの日、俺とギノもあの中に混ざっていた
「全く、あんなに新任職員がいるのになぜ刑事課には回って来ないんだ。うちの課の人手不足は深刻なんだぞ」
「仕方ないだろ、俺達の仕事はそんなに簡単には務まらないってことさ。そういえば、名前はどうなったんだ?あいつも今日から社会人だろ」
あの日
次会ったら教えろよ
とは言ったものの、色々と忙しくまともな休みがなかったため会えていない
「お前何か聞いてないのか?毎日顔合わせてるだろ?」
「残念ながら知らない。聞いても秘密だとしか言ってなかった。今朝ちゃんとスーツを着ていたし、少し時間があったから送ってやろうかと言ったのに、それも拒否された」
「....なるほど、だから今日妙に落ち着きが無かったのか。」
朝からギノは報告書をまとめていた様だが、打っては消して打っては消してを繰り返していた。
「.....当たり前だ、どこで何の仕事をしているのか分からないんだぞ。聞いても教えないとは、あいつは何を考えているんだ」
「気持ちは分かるさ。まぁ名前のことだ。そんなに心配しなくても大丈夫だろ」
「お前はいつもいつも名前に甘過ぎるんだ!」
「はぁ....ギノ、お前がいつまでもそうなら、俺はずっと甘いままだろうな。俺までお前みたいになったら、名前には窮屈過ぎるだろ」
頭を抱えながら大きくため息をつくギノを見て、名前も大変だなと肩を竦める
「今日って新人研修の日だっけか!?食堂にカワイイ子ちゃんがいっぱいいるってさ!ギノ先生早くしないと他の輩に皆取られ
「うるさい佐々山。行きたきゃ勝手に行け、俺は興味ない」
「ほんとつまんねーの」
佐々山の‘食堂’というフレーズに時間を確認すると、ちょうどいい時間を示していた
「佐々山の目的は置いといても、そろそろ昼にしてもいい頃だな。ギノ、来るか?」
「.....2分くれ」
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ギノと佐々山と3人でやってきた食堂は確かに人で溢れていた
「まずは席を確保するか」
ざっと見渡しても相席になるしかない程だった
「どうするよピヨ噛、お前聞いてこいよ!“向かいいいですかー?”ってさ!女の子と喋るチャンスだぞ!」
「そういうのはお前の方が得意だろ」
「本当にいいの?俺が行ったら何するか分かんねーよ?勤務初日ケツとか触られたくないでしょ」
「分かってるならやめろよ」
「そういうのは衝動で本能なんだよ。やめるって言ってやめられるもんじゃねーよ」
「狡噛、さっさと行け」
「なっ!ギノまで!」
はぁ...仕方ないと一息ついて、半分程空いているテーブルへと歩き出す
対面に5人ずつ座れるテーブルには、片側に偏って3人ずつ女性が対面で6人座っていた
こちらを向いている3人とは目が合った気がしたが、この距離で声をかけるのはおかしいと歩みを進める
ちょうど、背を向けた3人の後ろまで来て声をかけるために息を吸う
「お食事中すみません、右側の空いてる席使っても.....」
俺の声に反応して3人の女性がそれぞれに振り返るのと同時に、時間が止まった
いや物理的にそんな訳あるはず無いのだが、そう表現するしか無い
「.....名前....!?なんでここに」